プロフィール

Profile

椎野信雄先生の自己紹介と 学生へのメッセージ

自己紹介SELF INTRODUCTION

椎野信雄先生

「日本語人」です。

日本語人とは、私が自己確認として用いている人のカテゴリーです。この日本語人とは、自己紹介が嫌いです。というのも自己紹介とは紹介すべき「自己」を作りだす作業だからです。通常思われているように、自己紹介をする以前に自己があるわけではなく、自己紹介する(この教員紹介誌を書く)という行ないの中で、紹介に値する「自己」を構築する作業が面倒くさいからなのです。
(と言っても以下の私の履歴が詐称だと言っているわけではありません)

この日本語人は、近代人らしく、五感の中では「見る」ことに非常に関心を持っています。特に、19世紀に発明された「動く絵/写真」を暗い劇場で「観賞」する週刊的習慣は45年も続いています。
(鑑賞や描画ではなく「観賞」しているだけだからかも。)

私の履歴は以下の通り。

  • 1953年東京都生まれ、72年都立両国高校卒業
  • 76年一橋大学社会学部卒業
  • 78年東京大学大学院(社会学)研究科修士課程終了
  • 87年に同博士課程単位修得通学
    その間、83年からニューヨーク州立大学(オールバニ校)大学院博士課程(社会学)にも在籍し、4年間TAを経験
  • 88年度より東京都立大学人文学部(社会学科)助手を経て、96年度より本学国際学部に着任

専門分野・研究テーマPROFESSIONS AND RESEARCHES

専攻は社会学です。

「社会学の記述する社会とは何か?(社会学と記述の問題)」や「見ることの社会学_を最近は研究しています、記述の問題とは言語コミュニケーションの問題と言い換えれば、当らずといえども遠からずです。

また、どうゆうわけか科目の一つとして「ジェンダー論」を担当しているので、ジェンダーという概念を理解した学生からたまに「先生はなぜジェンダーを研究しているのですか?」などと尋ねられることがあります。この時、うっと一瞬、答えに窮する私がいます、「ジェンダーを研究」という自覚が私にはあまりないからです。で、性や性別の記述の問題を理解しないと「社会とは何か?」を研究できないからと言うのが私のマジな答えなのですが。

「見ること」の研究対象は、錯視や映像(写真や映画)やミュージアムです。

学生諸君へのメッセージMESSAGE FOR STUDENTS

学生のみなさんへ。誰も気にしてないようですが、「諸君」って、なんか偉そうな呼びかけ語ですね。それにこの呼びかける主体(主語)は、主として男性だけなので、あえて「みなさん」に言い替えます。
以下の格言をメッセージといたします。

  • The human is mortal.
    (メメントモリmememtomori)
  • 井の中の蛙、大海を知らず。
  • 人間万事塞翁が馬。
  • 善人なおもて往生をとぐ、
    いわんや悪人をや。
  • 大学は大きく学び、一人でも学ぶところ。
  • 学ぶとは、
    アンラーン(Unlean)すること。

インタビュー 「椎野先生てどんな人?」

椎野ゼミ出身者による椎野先生レポート
取材・文:井上 淳 (1999年卒業)

抱かれがちな印象

椎野先生と出会い、関わりを経た学生、つまり【椎野先生経験者】は椎野先生のイメージをついて伺うと下記のようなコメントに集約されるようです

  • 椎野先生の最初の印象

    椎野先生の最初の印象
    • 謎めいた人
      (不思議な人)
    • 怖いかもしれない
  • 実際に指導を受けた後

    椎実際に指導を受けた後
    • 物知りすぎる
      (聞けば何でも答えてくれる)
    • 学生一人一人の意見を
      大切にしてくれる
      (意見を否定しないで聞いてくれる)

さて、このようにビフォア、アフターでギャップのある椎野先生ですが、今回の取材では、実際の椎野先生がどういう人なのか?を椎野先生自身の歴史を紐解きながら近づけたらと思っています。

印象に対する分析

椎実際に指導を受けた後

まず、前途のビフォアの印象を与えているのは(あくまで取材者なりの分析ですが)、椎野先生は、何かを説明する時に、伝える事象を客体として捉えてお話しすることが身についるということがポイントになっています。

これが論理的で分かりやすい説明にもつながるのですが、説明には喜怒哀楽の感情を外してお話しするので、聞いている側は、話をしている「事」は理解できても、話をしている時の「感じ」や、もしくは話をしている時の状況の「感じ」が読めないのです(つまり、その時の椎野先生が「楽しかった」のか「怒っている」のか「落ち込んでいたのか」というような感情が分からないということです)。

ですので、聞いている側の後々まで印象として残るのは「自分が理解できた事」の記憶よりも「自分が(椎野先生の)感情を読み取れなかった感じ」の記憶が残り、これがつまり、「謎の人物」に繋がるのではないかと思います。

そして、ゼミともなると2年間の付き合いで<アフター>も印象も実感もしっかり残るので、このビフォア、アフターのギャップもごっちゃになり、今度は意味を変えて益々「謎の人物」となるのです。

椎野先生の授業
私自身も長年捉えていた椎野先生のイメージは、

「自分とは何なのか?」という興味や感情にはあまり関心がなく、自分の外側で起こっている事象や出来事(政治、経済、宗教、文化、芸術、芸能、国際関係、科学的な発見、ジェンダー、等々何でもかんでも)の方がエキサイティングで、知的好奇心旺盛な自分の満足度を高められる、そして、それを実践できるのが社会学だ

と考えている人だと思っていました。

ですが、本当にそうなのでしょうか?
そして、本当はどういう人なのでしょうか?

と、現状の自分自身の先入観を一度外して、ここではその「謎の人物なる」椎野先生の、幼少期から大学進学前までのヒストリーを本人のインタビューを元に、本当の人物像を見ていきたいと思います。

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