本予告】 映画『宝島』9月19日(金)公開
ある夜、一人の英雄が消えた。アメリカ統治下の沖縄で、自由を求め駆け抜けた若者たちの友情と葛藤を描く感動超大作。
英雄はなぜ消えたのか?幼馴染3人が20年後にたどり着いた真実とはー。
————————————————————————
映画公式HP:https://www.takarajima-movie.jp
公式X: https://x.com/takarajimamovie
————————————————————————
【STORY】
沖縄がアメリカだった時代。米軍基地から奪った物資を住民らに分け与える“戦果アギヤー”と呼ばれる若者たちがいた。いつか「でっかい戦果」を上げることを夢見る幼馴染のグスク(妻夫木聡)、ヤマコ(広瀬すず)、レイ(窪田正孝)の3人。そして、彼らの英雄的存在であり、リーダーとしてみんなを引っ張っていたのが、一番年上のオン(永山瑛太)だった。全てを懸けて臨んだある襲撃の夜、オンは“予定外の戦果”を手に入れ、突然消息を絶つ…。残された3人は、「オンが目指した本物の英雄」を心に秘め、やがてグスクは刑事に、ヤマコは教師に、そしてレイはヤクザになり、オンの影を追いながらそれぞれの道を歩み始める。しかし、アメリカに支配され、本土からも見捨てられた環境では何も思い通りにならない現実に、やり場のない怒りを募らせ、ある事件をきっかけに抑えていた感情が爆発する。
やがて、オンが基地から持ち出した“何か”を追い、米軍も動き出すー。
消えた英雄が手にした“予定外の戦果”とは何だったのか?そして、20年の歳月を経て明かされる衝撃の真実とはー。
出演:妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太
塚本晋也、中村蒼、瀧内公美、栄莉弥、尚玄、ピエール瀧、木幡竜、奥野瑛太、村田秀亮、デリック・ドーバー
監督:大友啓史
原作:真藤順丈『宝島』(講談社文庫)
配給:東映/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©真藤順丈/講談社 ©2025「宝島」製作委員会
【特別映像−たぎる想い編−】映画『宝島』9月19日(金)公開 妻夫木聡、広瀬すずら壮絶な撮影を振り返る
妻夫木聡、大友啓史監督、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太が壮絶な撮影を振り返りながら、熱き“想い”を語る!
大スクリーンで見た時に何を感じてもらうか、命がけの覚悟。
壮大なセット、CG……、そして最後に信じたのは「人」だった。
最大級スケールで描く「コザ暴動」メイキングシーンを収めた『宝島』
【特別映像−たぎる想い編−】解禁!
5分でわかる映画『宝島』/妻夫木聡コメント付き】9月19日(金)公開
映画『宝島』の魅力を徹底解説する特別映像【5分でわかる映画『宝島』】
構想6年、総製作費25億円という破格のスケールで作り上げられた映画『宝島』。
アメリカ統治下時代の沖縄をリアルに再現するため“本物”にこだわり抜いた美術や装飾、延べ5,000人ものエキストラが投入された大迫力シーンの裏側、そして、過酷な時代を懸命に生き抜く主人公グスク、ヤマコ、レイ、オンの青春と葛藤など、さまざまなポイントを解説。
これを観ればさらに映画を堪能できるはず!
全国キャラバン特別映像】映画『宝島』9月19日(金)公開
「直接、届けたい想いがある。」「ここから何かが始まる映画に——」
“宣伝アンバサダー”として、映画を直接届けてきた3か月間以上の軌跡を辿る『宝島』全国キャラバン特別映像。
魂震の191分に、広がる“感動のバトン”。映画『宝島』、いよいよ9月19日(金)公開!
【公開記念ミニ特番 Part1 撮影秘話編】映画『宝島』9月19日(金)公開
映画『宝島』公開記念特番 | 妻夫木聡×広瀬すず×窪田正孝 SPトーク
【公開記念ミニ特番 Part2 タレコミ編】映画『宝島』9月19日(金)公開18:50
映画『宝島』公開記念特番 | 妻夫木聡×広瀬すず×窪田正孝 SPトーク
【公開記念ミニ特番 Part3 キャラクター編】映画『宝島』9月19日(金)公開
【公開記念ミニ特番 Part4 本編鑑賞会編】映画『宝島』9月19日(金)公開
【30秒予告】 映画『宝島』9月19日(金)公開
【特報】 映画『宝島』2025年9月19日(金)公開
1952年 アメリカ統治下の沖縄。
激動の時代、自由を求めて駆け抜けた20年。
「俺たちの故郷、“宝の島”を取り戻せ」
戦後沖縄を舞台に、史実に記されない真実を描ききった真藤順丈による傑作小説「宝島」。
監督を務めるのは、 さまざまなジャンルや題材を通して常に新たな挑戦を続ける大友啓史 (『るろうに剣心』シリーズ、「龍馬伝」)。
主演には妻夫木聡を迎え、さらに広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太ら日本映画界を牽引する豪華俳優陣が集結!
日本に見捨てられ、アメリカに支配された島、沖縄。全てが失われ、混沌とした時代を全力で駆け抜けた‟戦果アギヤー”と呼ばれる若者たちの姿を、圧倒的熱量と壮大なスケールで描く、サスペンス感動超大作!
【映画化決定特報】 映画『宝島』2025年公開
第160回直木賞受賞 『宝島』 実写映画化決定!
沖縄がアメリカだった時代。米軍基地から奪った物資を住民らに分け与える、‟戦果アギヤー”と呼ばれる若者たちがいた。
圧倒的熱量と感情の爆発が生み出す、新たなエンタテインメント!
戦後の沖縄を舞台に時代に抗う若者たちの姿を描き、第160回直木賞を受賞した真藤順丈の小説「宝島」を映画化。妻夫木聡が主演を務め、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太ら豪華キャストが共演。「るろうに剣心」シリーズの大友啓史監督がメガホンをとった。
1952年、米軍統治下の沖縄。米軍基地を襲撃して物資を奪い、困窮する住民らに分け与える「戦果アギヤー」と呼ばれる若者たちがいた。そんな戦果アギヤーとして、いつか「でっかい戦果」をあげることを夢見るグスク、ヤマコ、レイの幼なじみの若者3人と、彼らにとって英雄的存在であるリーダー格のオン。しかしある夜の襲撃で“予定外の戦果”を手に入れたオンは、そのまま消息を絶ってしまう。残された3人はオンの影を追いながら生き、やがてグスクは刑事に、ヤマコは教師に、そしてレイはヤクザになり、それぞれの道を歩んでいくが、アメリカに支配され、本土からも見捨てられた環境で、思い通りにならない現実にやり場のない怒りを募らせていく。そして、オンが基地から持ち出した“何か”を追い、米軍も動き出す。
親友であるオンの痕跡を追う主人公グスクを妻夫木聡が演じ、恋人だったオンの帰りを信じて待ち続けるヤマコ役を広瀬すず、オンの弟であり消えた兄の影を追い求めてヤクザになるレイ役を窪田正孝が担当。そんな彼らの英雄的存在であるオン役を永山瑛太が務めた。
2025年製作/191分/PG12/日本
配給:東映、ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
劇場公開日:2025年9月19日
公式サイト:https://www.takarajima-movie.jp
ある夜、一人の英雄が消えた。
アメリカ統治下の沖縄で、自由を求め駆け抜けた若者たちの
友情と葛藤を描く感動超大作。
戦後沖縄を舞台に、史実に記されてこなかった真実を描き切った真藤順丈による傑作小説『宝島』。審査委員から満場一致で選ばれた第160回直木賞をはじめ、第9回山田風太郎賞、第5回沖縄書店大賞を受賞し栄えある三冠に輝いた本作を、東映とソニー・ピクチャーズによる共同配給のもと実写映画化。
監督を務めるのは、時代劇からアクション、SF、ドラマ、ミステリーやファンタジーまで、常に新たな挑戦をし続ける大友啓史。(「龍馬伝」『るろうに剣心』シリーズ『レジェンド&バタフライ』)。主演には妻夫木聡を迎え、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太ら日本映画界を牽引する豪華俳優陣が集結。日本に見捨てられ、アメリカに支配された島、沖縄。全てが失われ、混沌とした時代を全力で駆け抜けた“戦果アギヤー”と呼ばれる若者たちの姿を、圧倒的熱量と壮大なスケールで描く、サスペンス感動超大作が誕生!
2019年に原作権を取得してから、6年の歳月を経て遂に公開となる本作。当初開発は順調に進み2021年にクランクイン予定だったが、度重なるコロナ禍に二度の撮影延期を経て実際にクランクイン出来たのは2024年2月。スタッフ・キャスト全員が「どうしても今の時代に届けたい」という強い情熱を持ち進んできたからこそ実現した奇跡のプロジェクトがついに公開。
沖縄戦や、本土復帰後を描いた沖縄に関連する映画は過去にも多く製作されてきたが、本作は名匠・大友監督のもと<沖縄がアメリカだった時代>を真正面から描き切るかつてない“本気作”。実際に起きた事件を背景に進行する物語に、当時の状況を徹底的に調べ尽くし、リアルな沖縄を再現。クライマックスのシーンでは、延べ2,000人を超えるエキストラが投入され、その群衆一人一人にまで演出を加えていく大友監督により、当時の息遣いまで再現されたリアルな感情の爆発シーンなど、想像を遥かに超えたインパクトで描かれる。
東映とソニー・ピクチャーズによる共同配給のもと、ハリウッドに拠点を置くLUKA Productions Internationalも製作に参加して日米共同製作で挑む、今までの常識を覆す、革新的なエンターテイメント超大作。
英雄はなぜ消えたのか?
幼馴染3人が20年後にたどり着いた真実とはー。
1952年、沖縄がアメリカだった時代。米軍基地から奪った物資を住民らに分け与える“戦果アギヤー”と呼ばれる若者たちがいた。いつか「でっかい戦果」を上げることを夢見る幼馴染のグスク(妻夫木聡)、ヤマコ(広瀬すず)、レイ(窪田正孝)の3人。そして、彼らの英雄的存在であり、リーダーとしてみんなを引っ張っていたのが、一番年上のオン(永山瑛太)だった。全てを懸けて臨んだある襲撃の夜、オンは“予定外の戦果”を手に入れ、突然消息を絶つ…。残された3人は、「オンが目指した本物の英雄」を心に秘め、やがてグスクは刑事に、ヤマコは教師に、そしてレイはヤクザになり、オンの影を追いながらそれぞれの道を歩み始める。しかし、アメリカに支配され、本土からも見捨てられた環境では何も思い通りにならない現実に、やり場のない怒りを募らせ、ある事件をきっかけに抑えていた感情が爆発する。
やがて、オンが基地から持ち出した“何か”を追い、米軍も動き出す――。
消えた英雄が手にした“予定外の戦果”とは何だったのか?そして、20年の歳月を経て明かされる衝撃の真実とは――。
妻夫木 聡[グスク]
SATOSHI TSUMABUKI AS GUSUKU
オンの親友、ヤマコとレイの幼なじみ。消息を絶ったオンを探すために刑事となる。
1980年12月13日、福岡県出身。1998年にドラマ「すばらしい日々」で俳優デビュー、同年公開の映画『なぞの転校生』で映画初出演を果たす。映画『ウォーターボーイズ』(01)で注目を集め、第25回日本アカデミー賞新人俳優賞と優秀主演男優賞の2部門を受賞。以降、『ジョゼと虎と魚たち』(03)で演技派俳優としての地位を確立し、NHK大河ドラマ「天地人」(09)では主演を務めた。『悪人』(10)で第34回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、『怒り』(16)で第40回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。近年も精力的に活動を続け、『ある男』(22)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。2024年には『本心』に出演し、AIと人間の境界を描く難解なテーマに挑んで話題となった。
ファッション誌の読者モデルとして活躍後、ホリプロ、アミューズ、ニッポン放送合同主催の「スターオーディション」でグランプリに輝き、1998年にTVドラマ「すばらしい日々」でデビュー。映画初主演作「ウォーターボーイズ」(01)で一躍脚光を浴びる。その後、犬童一心監督の「ジョゼと虎と魚たち」(03)や、大ヒットドラマ「オレンジデイズ」(04)で人気を博し、ハリウッド映画「ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT」(06)に特別出演を果たす。09年のNHK大河ドラマ「天地人」では主人公・直江兼続を演じ、国民的俳優として人気を集める。「悪人」(10)では主人公の殺人犯を熱演し、第34回日本アカデミー賞をはじめ、数々の映画賞で主演男優賞を受賞。その後も「マイ・バック・ページ」(11)、「東京家族」(13)、「怒り」(16)、「愚行録」(17)など、日本映画界に欠かせない存在として活躍する
広瀬すず[ヤマコ]
SUZU HIROSE AS YAMAKO
オンの恋人、グスクとレイの幼なじみ。小学校の先生になり、最愛の人の帰りを待ちつづける。
1998年6月19日、静岡県出身。2012年に「Seventeen」専属モデルとして芸能界入りし、2013年のドラマ「幽かな彼女」で女優デビュー。映画『海街diary』(15)で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、一躍注目の若手に。以降、『ちはやふる』シリーズ(16〜)、『怒り』(16)、『一度死んでみた』(20)など多彩な役を演じる。NHK朝ドラ「なつぞら」(19)でヒロインに抜擢され、国民的人気を確立。近年も活躍は目覚ましく、映画『流浪の月』(22)では難しい過去を抱える女性役で高評価を得る。『水は海に向かって流れる』(23)では等身大の大人の女性を演じ、女優としての成熟を見せた。2025年は、映画『ゆきてかへらぬ』『片思い世界』『遠い山なみの光』が立て続けに公開となる。
姉は女優・モデルの広瀬アリス。2012年、姉の所属する女性ファッション誌「Seventeen」のオーディション「ミスセブンティーン2012」で、同誌の専属モデルとして選出される。13年、TVドラマ「幽かな彼女」で女優デビュー。是枝裕和監督作「海街diary」(15)でのみずみずしい演技で注目を浴び、第39回日本アカデミー賞新人俳優賞などを受賞。同年のタレント別テレビCMランキングで一気に首位に躍り出るなど、引っ張りだこの存在となる。16年は李相日監督の話題作「怒り」でも熱演をみせ、「ちはやふる 上の句」、続編「下の句」で映画初主演。以降、「チア☆ダン 女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話」(17)、「ちはやふる 結び」「ラプラスの魔女」(ともに18)、「ラストレター」(20)、「いのちの停車場」(21)などに出演。長編アニメ「バケモノの子」(15)、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」(17)では声優を務めた。19年には、NHK朝の連続テレビ小説「なつぞら」でヒロインを務めた。
窪田正孝[レイ]
MASATAKA KUBOTA AS REI
オンの弟、グスクとヤマコの幼なじみ。ヤクザとなり、刑事のグスクと距離を置きながら独自にオンを探す。
1988年8月6日、神奈川県出身。2006年にドラマ「チェケラッチョ!! in TOKYO」で主演デビューを果たし、同年の映画『ユモレスク 逆さまの蝶』で映画デビュー。その後、『ガチバン』シリーズや『東京喰種 トーキョーグール』シリーズなどで注目を集める。映画『ふがいない僕は空を見た』(12)で第34回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞と第27回高崎映画祭最優秀助演男優賞を受賞。三池崇史監督の『初恋』(20)が第72回カンヌ国際映画祭監督週間に選出され、国際的な評価を得る。映画『ある男』(22)では第46回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。映画『愛にイナズマ』『スイート・マイホーム』(23)、『ラストマイル』『Cloud クラウド』(24)でも存在感を発揮、2025年は『悪い夏』に出演。
2006年、TVドラマ「チェケラッチョ!! in TOKYO」の主演で俳優デビュー。同年、「ユモレスク 逆さまの蝶」で映画デビューも果たし、10年からはヤンキー映画「ガチバン」シリーズで主演を務める。NHK土曜時代劇「浪花の華 緒方洪庵事件帳」(09)に主演したほか、NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」(10)、NHK大河ドラマ「平清盛」(12)などに出演。NHK連続テレビ小説「花子とアン」(14)で知名度を高め、「Nのために」(14)や「デスノート」(15)などで一気にブレイク。「ヒーローマニア 生活」「64 ロクヨン」前・後編、「MARS(マース) ただ、君を愛してる」(すべて16)、「ラストコップ」シリーズ(15~17)、劇場版「東京喰種 トーキョーグール」(17)などで活躍する。
永山瑛太[オン]
EITA NAGAYAMA AS ON
グスク、ヤマコ、レイの3人が慕うコザの英雄。ある夜、嘉手納基地に忍び込むが、その後行方が分からなくなる。
1982年12月13日、東京都出身。2001年にドラマ「さよなら、小津先生」で俳優デビュー、翌年に映画『青い春』(02)で映画デビューを飾る。その後、『サマータイムマシン・ブルース』(05)で映画初主演を果たし、『アヒルと鴨のコインロッカー』(07)では第22回高崎映画祭最優秀主演男優賞を受賞。『ディア・ドクター』(09)で第33回日本アカデミー賞優秀助演男優賞など複数の賞に輝いた。ほか主な映画出演作は『嫌われ松子の一生』(06)、『余命1ヶ月の花嫁』(09)、『64 ロクヨン』(16)、『ミックス。』(17)、『福田村事件』『怪物』(23)など。近年は、短編映画で自身初の監督を務め、また写真家として展覧会を開催、俳優に留まらず多才なアーティストとして活躍の場を拡げている。
2002年、青春群像劇「青い春」で映画デビューし、TVドラマ「ウォーターボーイズ」(03)や「オレンジデイズ」(04)など話題作で注目を浴びる。05年の「サマータイムマシン・ブルース」で映画初主演を果たす。以降、映画「アヒルと鴨のコインロッカー」(06)、「余命1ヶ月の花嫁」「ディア・ドクター」(09)、TVドラマ「アンフェア」シリーズ(06~)、TV&劇場版「のだめカンタービレ」シリーズ(06~)、NHK大河ドラマ「篤姫」(08)」などで活躍。TVドラマ「ヴォイス 命なき者の声」(09)や、「素直になれなくて」(10)、「それでも、生きてゆく」(11)などに主演し、松田龍平とともに主演を務めた「まほろ駅前」シリーズ(11~14)も人気を集めた。近年の映画出演作に「64 ロクヨン」前・後編」(16)、「ミックス。」(17)など。NHK大河ドラマ「西郷どん」(18)では大久保利通役を演じる。歌手の木村カエラと10年に結婚。弟の永山絢斗も俳優。
塚󠄁本晋也 [徳尚]
SHINYA TSUKAMOTO AS TOKUSHO
グスクたちを見守るコザ署の刑事
- 1960年1月1日、東京都出身。映画監督として、1989年の『鉄男』で世界的注目を集め、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞。主な監督作は『TOKYO FIST』(95)、『バレット・バレエ』(98)、『六月の蛇』(03)、『ヴィタール』(04)、『KOTOKO』(12)など。『野火』(15)、『斬、』(18)、『ほかげ』(23)では戦争と人間の本質に迫る。俳優としても多くの作品に出演する。
- 14歳から8ミリカメラを使い出し、高校時代に演劇を始める。日本大学芸術学部美術科を卒業後、CF制作会社に入社。4年後、退職して映画制作を再開し、「普通サイズの怪人」(86)を監督する。「電柱小僧の冒険」(87)で、ぴあフィルムフェスティバルPFFグランプリを受賞した。「鉄男」(89)がローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリを受賞し、以降、海外の名立たる映画監督からも支持を集める。ベネチア国際映画祭とは縁が深く、「六月の蛇」(02)がコントロコレンテ部門の審査員特別大賞、「KOTOKO」(11)がオリゾンティ部門の作品賞にあたるオリゾンティ賞を受賞。「ヴィタール」(04)も特別招待作品として上映され、97年、05年には審査員も務めている。その他の監督作に「鉄男II BODY HAMMER」(92)、「鉄男 THE BULLET MAN」(09)、「悪夢探偵」シリーズ(06、08)など。製作・脚本・撮影・美術なども自ら手がけるほか、俳優やナレーターとしても活躍している。
中村 蒼 [小松]
AOI NAKAMURA AS KOMATSU
米軍の高官アーヴィンの通訳
- 1991年3月4日、福岡県出身。2006年、舞台「田園に死す」で主演デビュー。映画『ひゃくはち』(08)で初主演、『東京難民』(14)でも主演として注目を集めた。近年の主な出演作は、映画『沈黙の艦隊』(23)、『アイミタガイ』(24)、『早乙女カナコの場合は』(25)など。Apple TV+ドラマシリーズ「Pachinko シーズン2」で自身初となる海外作品へ参加。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」に出演中。
05年、第18回JUNONスーパーボーイコンテストでグランプリに輝き、翌年に舞台作品で俳優デビュー。人気ケータイ小説を映画化した「恋空」(07)でスクリーンデビューを果たし、高校野球を題材にした青春ドラマ「ひゃくはち」(08)が初主演作となる。その後も「BECK」(10)、「大奥」(10)、「マイ・バック・ページ」(11)と話題作への出演が続く。原秀則原作の人気漫画を映画化した「ほしのふるまち」をはじめ、「キミとボク」「行け!男子高校演劇部」(すべて11年)と、次々主演に起用されている若手俳優。
瀧内公美 [チバナ]
KUMI TAKIUCHI AS CHIBANA
ヤマコが慕うAサインバーの女給
- 1989年10月21日、富山県出身。2014年に『グレイトフルデッド』で映画初主演。その後、『火口のふたり』(19)で第41回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞、第93回キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞、『由宇子の天秤』(21)で第31回日本映画批評家大賞主演女優賞、第31回日本映画プロフェッショナル大賞主演女優賞を受賞。2025年は、映画『敵』『レイブンズ』『奇麗な、悪』に出演し、存在感を放つ。
- 2011年から女優としての活動を開始し、14年、内田英治監督作「グレイトフルデッド」で映画初主演を果たす。その後、「日本で一番悪い奴ら」「闇金ウシジマくん Part3」(ともに16)などに出演する。17年、廣木隆一監督が自身の小説を映画化した「彼女の人生は間違いじゃない」で主演を務め、第27回日本映画プロフェッショナル大賞新人女優賞などを受賞した。その他主な出演作は「ブルーハーツが聴こえる」(17)、「ここは退屈迎えに来て」(18)、「21世紀の女の子」(19)、TVドラマ「凪のお暇」(19)など。柄本佑とともに主演を務めた「火口のふたり」(19)では、結婚式を目前にひかえながらも、かつての恋人との肉体関係にふけるヒロインを体当たりで演じ話題となった。
栄莉弥 [ウタ]
ERIYA AS UTA
物語のカギを握る謎に包まれた孤児
- 2005年11月29日、カナダ出身・長野県育ち。2021年に「メンズノンノ」モデルオーディションで史上最年少グランプリを受賞。同年、ABEMAの恋愛番組にも出演し、注目される。182.5cmの長身とルックスを活かし、雑誌・CM・ファッションショーなど幅広く活躍する。俳優としては、映画『almost people』(23)の一篇「Humanoid」に出演。本作『宝島』で本格的俳優デビューを飾る。
尚玄 [タイラ]
SHOGEN AS TAIRA
レイの刑務所仲間で民族運動家 - 1978年6月20日、沖縄県出身。2008年に戦後の沖縄を描いた映画『ハブと拳骨』で俳優デビュー。その後も映画を中心に活動しながら2008年に渡米。現在は日本と海外で活躍する。主演・プロデュースの映画『義足のボクサー』(22)が釜山国際映画祭でキム・ジソク賞とAsia Star Awardを受賞。近年の映画出演作は『赦し』『春に散る』『彼方の閃光』(23)、『すべて、至るところにある』(24)など。
ピエール瀧 [喜舎場]
PIERRE TAKI AS KISHABA
コザ派のヤクザでレイの親分
- 1967年、静岡県出身。電気グルーヴでミュージシャンとして活動する一方、1995年頃から俳優としてのキャリアをスタート。映画『凶悪』(13)で第37回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞。主な出演作は、『怒り』(16)、『アウトレイジ 最終章』(17)、『福田村事件』(23)のほか、Netflixシリーズ「サンクチュアリ ‐聖域‐」(23)、「地面師たち」(24)、「新幹線大爆破」(25)など話題作への出演が続く。
89年、石野卓球とテクノバンド「電気グルーヴ」を結成し、91年にメジャーデビュー。グラフィックデザイナーの田中秀幸と結成したユニット「プリンストンガ」や個人として、ビデオジョッキーや電気グルーヴのPVなど様々な映像作品を手がける。90年代中ごろから、俳優としても活動し、連続ドラマ「おじいさん先生」(07)では初主演を努めた。映画では、「ローレライ」(05)、「百万円と苦虫女」(08)、「少年メリケンサック」(09)、「ALWAYS 三丁目の夕日’64」(12)、「凶悪」(13)などに出演。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(13)でも存在感を放った。その他、タレントやナレーターとしても活躍する。
木幡 竜 [ダニー岸]
RYU KOHATA AS DANNY KISHI
ある事件を探るためグスクに近づくCIA要員
- 1976年9月12日、神奈川出身。プロボクサーとして活躍後、2004年に俳優活動を開始。中国映画『南京!南京!』(09)で注目され、『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳』(11)ではドニー・イェン、スー・チー、アンソニー・ウォンらと並び悪役のトップを演じた。日本では映画『サムライマラソン』(19)やドラマ「アバランチ」(21)で存在感を示し、映画『生きててよかった』(22)で初主演を果たす。
神奈川県出身。プロボクサー、サラリーマンを経て一念発起して俳優に転身。日本でなかなか活躍の機会に恵まれず、2009年の中国映画「南京!南京!」への出演をきっかけに中国へ渡る。アンドリュー・ラウ監督の「レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳」(10)でドニー・イェンやアンソニー・ウォンらと共演し、以降もフォン・シャオガン監督の「温故1942」(11)などに出演。中国を拠点に日本・中国双方の作品で活躍する。21年には、綾野剛主演のドラマ「アバランチ」に悪役で出演し、見事なアクションで日本での知名度を上げた。22年には、映画「生きててよかった」で日本映画初主演を飾る。そのほかの日本映画の出演作に「サムライマラソン」(19)、「無頼」(20)など。
奥野瑛太 [謝花ジョー]
EITA OKUNO AS JOE JAHANA
密貿易団クブラのリーダー
- 1986年2月10日、北海道出身。映画『SR サイタマノラッパー』シリーズでMC MIGHTY役として注目を集め、シリーズ3作目『SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』(12)で映画初主演を飾る。『死体の人』(23)、『心平、』(24)でも主演を務める。主な出演作は『アルキメデスの大戦』(19)、『スパイの妻』(20)、『すばらしき世界』(21)、『ラーゲリより愛を込めて』(22)。2025年は『真夏の果実』『桐島です』が公開となる。
日本大学芸術学部映画学科に在学中から、インディペンデント映画に出演。卒業後は舞台を中心に活動し、07年に旗揚げした劇団「赤堤ビンケ」の全公演に参加する。08年、入江悠監督の「SR サイタマノラッパー」(08)にブロッコリーラッパー・マイティ役で出演し、シリーズ3作目「ロードサイドの逃亡者」(12)で映画初主演を務めた。この作品に登場するヒップホップグループ「SHO-GUNG」として音楽活動を行うほか、ダンサーとしても活動している。
村田秀亮(とろサーモン) [辺土名]
HIDEAKI MURATA AS HENTONA
鼻の曲がったコザ派のヤクザ
- 1979年12月3日、宮崎県出身。2002年に高校時代の同級生の久保田かずのぶとお笑いコンビ「とろサーモン」を結成。2017年のM‐1グランプリで優勝する。役者、ナレーターなど幅広く活躍。主な出演作は、Netflixドラマ「火花」(16)、映画『ウミスズめし』(13)、『牝猫たち』(17)、『耳を腐らせるほどの愛』(19)、『99.9‐刑事専門弁護士‐THE MOVIE』(21)、『アンジーのBARで逢いましょう』(25)など。
デリック・ドーバー
[アーヴィン・マーシャル]
DERRICK DOVER AS IRVINE MARSHALL
グスクとチームを組む米軍の高官 - アメリカ出身。俳優・声優・モデル・歌手(バリトン)・元プロ格闘家。幼少期より劇団で演技を学び、アメリカで俳優・キャスティングディレクターとしても活動。PRIDE元チャンピオンのヴァンダレイ・シウバ選手に師事。鍛え上げた肉体を活かしモデルとしても活躍する。現在は東京を拠点に、幅広い分野で表現者としての可能性を追求している。
監督・脚本:大友啓史
DIRECTOR/SCREENPLAY KEISHI OTOMO
1966年、岩手県生まれ。1990年にNHKに入局し、連続テレビ小説「ちゅらさん」シリーズ(01~04)、「ハゲタカ」(07)、「白洲次郎」(09)、NHK大河ドラマ「龍馬伝」(10)などを演出。イタリア賞はじめ国内外の賞を多数受賞する。2009年、『ハゲタカ』で映画監督デビュー。2011年に独立し、『るろうに剣心』(12)、『プラチナデータ』(13)、『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14)、『秘密 THE TOP SECRET』『ミュージアム』(16)、『3月のライオン』2部作(17)、『億男』(18)、『影裏』(20)など話題作・ヒット作を次々と世に送り出す。『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』(21)では、2部作合わせて70億円、シリーズ累計200億円に迫る大ヒット。東映創立70周年記念作品の『レジェンド&バタフライ』(23)は、20億円を超える興行収入を記録。
90年、NHKに入局。秋田放送局でドキュメンタリー番組やスポーツ中継に携わる。94年にドラマ番組部門に配属、97年に米・ハリウッドに渡り、撮影現場で演出の技術を身につける。手がけたドラマに、大河ドラマ「秀吉」(96)、「深く潜れ 八犬伝2001」(00)、連続テレビ小説「ちゅらさん」(01)などがある。07年、企業買収をテーマにした「ハゲタカ」が時代性とあいまって話題を集め、09年に映画版が製作。同作で映画監督デビューを果たした。その後、「白洲次郎」(09)に続いて監督した大河ドラマ「龍馬伝」(10)を最後にNHKを退局。人気少年漫画の映画化「るろうに剣心 明治剣客浪漫譚」(12)が独立後初の監督作になる。
本土復帰前の沖縄を描いた映画「宝島」手がけた監督の思い
「いつか本土復帰前の沖縄を描きたいと思っていた」──大友啓史監督の長年の想いは、小説「宝島」との出会いで叶うことになる。以前、演出を担当した連続テレビ小説「ちゅらさん」の時代設定は1972年の沖縄本土復帰後、『宝島』は本土復帰前の20年を描いた物語だ。「本土復帰前の沖縄を描かないと、沖縄の人々の本当の気持ちは理解できないのではないか、そういう思いが強くありました。一夜限りの出来事として語り継がれているコザ暴動から露呈される、群衆のパワー、無軌道な感情の奔流、優しさの裏側に潜めた沖縄の人たちの、一線を越えた時の強さや激しさを映画で見せたい。米兵による交通事故を発端にした米軍支配の矛盾や不満の爆発をどうやって描くことができるだろうかと、腐心しながら取り組んだ作品です」。
企画の立ち上げから完成まで6年、コロナ禍によって撮影は二度、延期になった。踏み出すたびに引き戻される行き場のない怒りは、奇しくも『宝島』が内包する怒りとも重なった。そして、主演の妻夫木聡をはじめ、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太、これ以上ないキャスティングが実現。本土復帰前の20年間の沖縄を描くにあたり、俳優たちは、順撮りではないため設定年齢や感情を飛び越えながら日々の撮影に向きあう。「たとえば、クライマックスを撮影の中盤で撮らなくてはなりませんでした。そもそも、映画のなかでは嘉手納基地も舞台になっていますが、実際に我々が基地に入ることは、正当な手続きを重ねた取材ですら容易ではなく、俳優が自分の目で物語の舞台がどんな場所であるのか、その距離感や状況を事前に正確に把握することは難しい。そんななかで、ゲート通りから基地まではどのくらいの時間がかかるのか、そういったディテールを少しづつ現場で、我々のやれる精一杯の中で提示することで、妻夫木くんたちであれば、この物語に必要な熱量や匙加減を何らかの形で掴み取ってくれるはずだと、心配はしていませんでした」。
大友監督の演出の特徴は、こう演じてほしいという提案というよりはむしろ、俳優が台本から読みとり感じたものを、現場で受け取り、そこにフォーカスし、拡張しながら演出していく。シビれる瞬間はいくつもあった。そのひとつが、この映画のテーマに繋がるグスクとレイの芝居だ。台本にして約10ページ、時間にして約5分のシーンを振り返る。「かつて一緒に戦果アギヤーをやっていた親友に会って話しているうちに、自分の体の奥底に溜まっていたことが思わず出てしまうシーンですが、思っていることを言葉にする、意見を真っ正直にぶつけ合う、それって(今を生きる自分たちも)やっているようでやっていないんですよね」。二人の言葉が伝えるのは、個人的な感情だけはなく、沖縄の歴史や沖縄が背負ってきたこと、また今の世界で起きていることと地続きであるということだ。「この映画で描かれる時代は、ベトナム戦争が始まると世界中で戦争に対するデモが同時に起き、人間の共感力がポジティブに発揮された時代でした。今は、怒らない時代、優しい時代、共感を失いかけている時代。だからこそ、(グスクとレイのセリフは)それを巡る議論にもなっています。また、踏みとどまり続けて何か行動を起こしていくヤマコを中心にグスク、レイ、オンがいるような、実は彼女を中心に回っているとも言えるので、演じる広瀬さんには、色々な思いを込めて太陽でいてほしいと伝えました。そういう意味では、この映画は沖縄の物語であり、グスクたちの青春物語であり、アメリカ統治下のあの時代に、身をもって最前線に立ち続けた女たちの物語でもあると思っています」。
脚本:高田 亮
『そこのみにて光輝く』(14)でキネマ旬報ベスト・テン脚本賞、ヨコハマ映画祭脚本賞を受賞。主な作品に『きみはいい子』(15)、『オーバー・フェンス』(16)、『猫は抱くもの』(18)、『まともじゃないのは君も一緒』(21)、『ボクたちはみんな大人になれなかった』(21)、『死刑にいたる病』(22)など。
「大友監督で『宝島』を映画化するけれど、興味はありますか?とプロデューサーからお声がけいただいて。実は、過去に大友監督作品で脚本を作っていましたが、実現しなかったことがあったので、そういう経緯も含めてぜひやってみたかったですし、原作が持つ物語の厚み、戦果アギヤーの話や戦後の歴史を網羅しながら進んでいく青春物語、それをどう映画に繋いでいくのか、挑戦してみたい気持ちもありました」。
原作の熱量に惹かれ準備に臨むが、「東京出身の戦争を知らない世代の自分が、この話を書く資格があるのだろうか……」と葛藤もあった。資料を読み込み、実際に沖縄に足を運び、取材をすることで、どう向きあうべきかを探り続けた。「沖縄に行って、当時刑事だった方や学生運動をしていた人、Aサインのレストランをやっている人、いろんな人に会って話を聞くことで、複雑な想いを感じられました。たとえば、グスクとアーヴィンが協力して捜査する、お互いを利用しながら関係を深めていく、それは一体どういう感情なのかを描くにあたっては、沖縄で見聞きしたことがとても参考になっています」。
物語を引っぱっていくのはグスク。ヤマコ、レイ、オン、アーヴィンや小松、主要人物とそれぞれ対峙するのもグスクで、実はとても描くことの難しい主人公だった。「グスクはオンちゃんを探すために刑事になり、酷い事件に日々接しますが、もともとは飲んで歌って踊っていたい人です。でも、刑事になったことで沖縄の人々のために身を粉にして働くことになる。その葛藤が、グスクの魅力になっていると思います」。キャラクターの骨組みとして大切にしたのは何だったのか。「僕のなかでグスクの落とし所にしたのは、リアリストであることでした。その時のベストを選んでいくというか──戦果アギヤーで犯罪者だったのに刑事になって、オンちゃんを探すためなら、本来は敵であるはずのアメリカとも手を組む。でも、レイからすると何でお前はアメリカと……って許せない。だから対立する。物語のなかで、沖縄の歴史的な事件はとても重要な要素ではありますが、そこを掘り下げていくというよりも、様々な出来事に翻弄されながらも、オンちゃんを捜し求める3人の感情をパワフルに語る、それは脚本を書くうえで常に頭に置いていたことです」。グスク、ヤマコ、レイ、3人の感情のすれ違いをおろそかにせず語る、また全体の勢いを殺さずに物語を進めることも難しかったと言う。そして、要所要所でその存在感を際立たせるのが、永山瑛太の演じるオンだ。「沖縄の文化には自然信仰があったり、ユタと呼ばれる霊媒師のような方がいらっしゃったりするので、自然界や死後の世界が現実と溶け合っているような感覚で、主人公の三人が、行方不明のオンをいつもどこかに感じていると解釈していました。グスクが、ヤマコが、レイが、戦果アギヤーの頃のオンちゃんを感じる演技をするだけで、オンちゃんがそこにいるかのように見えてしまう。俳優の凄さを、そういうところでも感じました」。
企画・プロデューサー:五十嵐真志
主な作品は『ラッシュライフ』(09)、Netflixドラマ「火花」(16)、『彼らが本気で編むときは、』(17)。大友啓史監督作品は『影裏』(20)をプロデュース。
企画・プロデュースの五十嵐真志が、『影裏』に続く大友監督との企画を模索するなか出合ったのが、真藤順丈の小説「宝島」だった。圧倒的な熱量に強く惹かれたとふり返る。「大友監督作で好きなのは、「龍馬伝」や『ハゲタカ』といった熱い人間ドラマ。小説「宝島」にも同じものを感じました」。そして、出版元の講談社に連絡をとり、コンペの末、映像化の許諾をもらい、「二度と出合えない企画、生涯1本の企画と言っても大袈裟ではない」と、企画は本格的にスタートした。
映画として、どんな脚本にするのか、キャスティングや配給はどうするのか──「開発は一番楽しい時間でしたね。沖縄についての書籍や資料を読み、実際に沖縄に行きリサーチをするなかで、知識を詰め込むほどこの作品が背負う題材の大きさ、また沖縄が抱える問題の難しさをまざまざと感じ、大きなプレッシャーもありましたが、やっぱりこの原作を映画にできるというワクワク感が大きくて。背中を押される気持ちで前に進んでいきました」。
しかし、新型コロナウイルスの流行によって、映画制作は一旦立ち止まることになる。しかも二度。大きすぎる試練だ。「結果論としては、それでも諦めることはできなくて、乗り越えて作ってやろうと、逆に力が湧いたといいますか。立ち止まったことで、新たに応援してくれる人も増え、障害が大きくて多かったからこそ、たどり着けたと思っています。でも、やってみて分かったことですが、一度中断して立て直すことは、1が0に戻るのではなく、マイナスに落ちて、そこから0に戻してから再び1にする。ものすごく難しいことでした」。
そのなかで、五十嵐の心の支えとなったのは、企画の実現に向けて共に力を尽くしてくれた人たちと、とりわけ主演の妻夫木聡の存在だった。「二度の延期、普通ならスケジュールを含めて断られても当然であるのに、妻夫木さんは一緒に企画を背負ってくれて、信じてくれて、待つと言ってくれた。そうまでしても、やるべき価値があると伝えてくれたのが本当に嬉しくて、心強かったですね」。
そして2024年2月25日に沖縄でクランクインを迎えたが、試練はまだあった。この映画のヤマ場であるコザ暴動の撮影をオープンセットからスタジオのセットに切り替えたこと。クランクイン3週間前の決断だ。「それまで準備をしていたものが一からやり直しにはなりましたが、製作費を理由に制作を止めないためには、そうするしかなかったと思っています。これも結果論ですが、スタジオにしたことで、天候の心配はなくなり、夜のシーンも昼間に撮れる。ブルーバックでの撮影なので技術的な課題は新たに増えましたが、それをあわせても、この企画自体が持ち合わせている強運と生命力を感じています」。
映画『宝島』は、6年の歳月、25億円のプロジェクト費をかけた大作となった。「改めて思うのは、本屋で手に取り、読んだときに感じたあの熱量を、小説から映画に受け渡すことができたんじゃないかなと。映画の著作権は70年。プロデューサーは、ゆりかごから墓場までと言いますから、しっかりと見届けたいと思います」。
- プロデューサー:野村敏哉
主なプロデュース作品は『集団左遷』(94)、『ホタル』(01)、『T.R.Y.』(03)、『海猫』(04)、『明日の記憶』(06)、『最後の忠臣蔵』(10)、『アゲイン 28年目の甲子園』(15)、『ヘルドッグス』(22)。 - プロデューサー:角田朝雄
主な作品は『北の零年』(05)、『劔岳点の記』(09)、『Mr.マックスマン』シリーズ(15/17)、『鉄道員(ぽっぽや)』(20)、『きまじめ楽隊のぼんやり戦争』(21)、『少年と戦車』(22)。 - プロデューサー:福島聡司
主な作品は『グーグーだって猫である』(08)、『ノルウェイの森』(10)、『謝罪の王様』(13)、『予告犯』(15)、『真田十勇士』(16)、『パラレルワールド・ラブストーリー』(19)、『首』(23)。大友監督作は『秘密 THE TOP SECRET』(16)、『るろうに剣心』シリーズ(14/21)、『レジェンド&バタフライ』(23)がある。
音楽:佐藤直紀
『永遠の0』(13)、『ゴジラ-1.0』(23)などで5度の日本アカデミー賞優秀音楽賞、『ALWAYS 三丁目の夕日』(05)で最優秀音楽賞を受賞。大友監督作はNHKドラマ「ハゲタカ」(07)、NHK大河ドラマ「龍馬伝」(10)、『億男』(18)『るろうに剣心』シリーズ(12/14/21)、『レジェンド&バタフライ』(23)など。
『宝島』は、映像も音楽も、青い海、青い空というリゾート的ではない沖縄を描いている。『ハゲタカ』にはじまり、数多くの大友作品の音楽をつくり出してきた佐藤直紀が、今回も音楽を担当する。「台本を読んで感じたのは、平和とは何か、生きるとは何かを見直す映画でもあるということでした。音楽にもその意味を込めたい──音楽の演出として、単に映画を引き立て見栄えを良くするためではなく、この台本(映画)そのものを内側から支える存在でありたい、そんな思いで取り組みました」。耳あたりの良さを追求するのではなく、目には映らない感情や空気の揺らぎを炙り出すような音楽を目指した。
高揚感ある既成曲のアメリカンポップスとのバランスも考慮し、佐藤は、この映画のために約30曲を作った。工夫のひとつとして、たとえば小学校に飛行機が墜落するシーン、最後にグスクとオンが向きあうシーンなどで流れる原始的な曲がある。「まず、提案したのは、男性の叫び声にも聞こえる歌(曲)です。福岡ユタカさんというアーティストの方に歌ってもらい、グスクらがどうやって困難を乗り越えていこうとするのか、怒りや悔しさ、悲しみ、心の叫びを代用できるような音として、福岡さんの声を使いました」。
大友監督からは、ギターアンサンブルの曲が欲しいというリクエストがあり、それにもユニークなアイデアで応えた。「ただのギターではなく、土着的な未完成の荒々しさのあるギターが欲しいということで、本来はギターで演奏するフレーズをウードという楽器を使って弾いてもらいました。ウードは琵琶のルーツでもある中東のフレットのない楽器です。ここを押したらこの音が出るというのではなく、指の加減で微妙に音程がずれる、やや不安定な楽器ですが、音程が曖昧になるところを、人間らしさ、不完全な感じとして表現しています。また、もう一つ特徴的な楽器としてカヴァルという中央アジアの楽器を使用しています。尺八より少し高い音色で、暗いフレーズが出せる。そのカヴァルでは、独自の音階を用いることで、この映画が求める“沖縄らしさ”を音楽面から表現しています」。
太陽が海に沈んでいくラストシーンで流れる曲は、エイサー(沖縄本島で盆時期に踊られる伝統芸能)に欠かせない三線や太鼓、指笛などを用いた。「ラストシーンからエンドロールにかけて、沖縄の伝統的な響きを強く打ち出すことで、作品の根底にある思いと音楽を再び交差させることを意図しました」。
音楽が担うのは、感情の喚起や増幅、その作品の世界観など多岐に渡るが、当然のことながら、どう寄り添うかは作品ごとに異なる。佐藤が『宝島』で心掛けていたのは抑制だった。「饒舌になりすぎないことで、音楽的にはやや控えめに感じられる部分もあるかもしれませんが、今回の『宝島』はエンターテインメントとしての側面に加え、戦後沖縄を舞台に、史実を踏まえながらも、これまで語られてこなかった物語や視点が描かれています。決して謳いすぎず、だからこそ静かに響く余韻や言葉にならない感情が残るように意識し、作品のテーマと真摯に向き合いながら音を紡ぎました」。
撮影:相馬大輔
『ゴールデンカムイ』(24)で第48回日本アカデミー賞優秀撮影賞を受賞。主な作品は『SP』シリーズ(10/11)、『ヘルタースケルター』(12)、『TOKYO TRIBE』(14)、『セーラー服と機関銃 -卒業-』(16)、『人魚の眠る家』(18)、『いのちの停車場』(21)、『52ヘルツのクジラたち』(24)ほか多数。
1952年から20年間の沖縄を描くにあたり、撮影の相馬大輔は、ロケハンでの肌感も参考にしながら、年代やシチュエーションのトーンを決めることから取り組んだ。「まず撮影部としては、沖縄の風土を考慮して、昼のシーンは太陽の光を感じるような設定、夜のシーンは月明かりのような自然の光、コザ暴動を目立たせるために街の明るさは抑える。そんな感じで、最初は7つか8つのトーンを用意するつもりでしたが、クランクインの時には38パターンくらいに膨らんでいました」。それだけ熱の入る作品だという証でもある。
大友監督作品は今回が初参加となる。大友監督にトーンについて説明する際、参考例として挙げたのは、『シティ・オブ・ゴッド』『マッドマックス』『デリカテッセン』、そしてウォン・カーウァイ監督の初期のタイトルなどだった。大友監督の過去作を研究しつつ、初めてタッグを組むからこそ「この『宝島』で、今までにはない“大友ルック”を生みだせたら──」という提案もしたと言う。「大友さんの映画の特徴のひとつは、登場人物たちの怒りや衝動をダイレクトに伝えていること、そこが魅力のひとつです。今回は、沖縄の人たちの鬱屈した気持ち、アメリカ統治下のストレス、それらを冷静に捉えていくというよりも、自分たちも一緒に体験しながら、その感情を捉えていきたいと思ったので、動ける機材というのも重視しました」。
今回の撮影現場では常に2カメ体制、多いときは4台のときもあった。「自分(Aキャメ)だけでなく、Bキャメも同じように動けるようにするため、チーフではなく、何本かメインで撮っている人に声をかけて、ダブル撮影カメラマン体制みたいなのを目指しました。また、最初はアナモレンズ(アナモルフィックレンズ)、昔のハリウッド映画がよく使っていたレンズを使い、70年代に近づいていくと、現代の新しいレンズをってクリアにするなど、時代の変化をレンズでも見せています」。
約4ヶ月という長い撮影期間で、特に「ゾクゾクした」と振り返るのは、デモやコザ暴動、民衆の力を目の当たりにするシーンだった。「好きなシーンはいくつもありますが、やっぱりコザ暴動のシーンで照明弾があがり、その明かりがグスクを照らすところ、すごく好きですね。そのシーンを含めて、照明の永田さんは照明弾に意味を持たせていますが、グスクの憤りや衝動が溢れ出る、その感情が一番よく表れたカットになりました」。
グスクを演じる妻夫木聡について、撮影現場で誰よりも近くで芝居を見てきた相馬は、「グスクそのものだった」と言う。「妻夫木さんとは、自分が撮影助手の時代に『ローレライ』でご一緒していて。その時から感じているのは、撮っている時も良いけれど、上がりはもっと良い、スクリーンに映し出されたものが格段に良いって、それはやっぱり凄い才能だと思うんです。しかも、彼は沖縄に縁があって、友人もたくさんいて、沖縄で生活している感じも芝居に活かされている。今現在の妻夫木聡がグスクとして生きている。沖縄の怒りや優しさをグスクとして表現していました」。
美術:花谷秀文
主な作品は『ハゲタカ』(09)、『大奥』(10)、『僕等がいた』前・後篇(12)、『アオハライド』(14)、『海難1890』(15)、『僕は明日、昨日のきみとデートする』(16)、『坂道のアポロン』(18)、『フォルトゥナの瞳』(19)、『きみの瞳が問いかけている』(20)、『ディア・ファミリー』(24)ほか。
「全部が全部、毛細血管の全てに力を込めないとならないような、ロケであっても手を抜けないシーンばかりでした」と語るのは、『ハゲタカ』以来の大友監督作品への参加となる花谷秀文。「各現場でリアルを追求する、臨場感を大切にする、そこにかける比重がとても大きい監督だなというのは、前回も今回も変わらず感じました」。
辺野古のアップルタウンに作った特飲街のオープンセットはもちろん美術部の力作。ほかにも、ヤマコの家、嘉手納基地のフェンス、飛行機の墜落後、ゲート通り街並などの大掛かりなセットはもちろん、セットではないロケのなかで見せる細やかな仕事が、この映画をよりリアルに見せている。コンクリートやアスファルトの地面が土になっていたり、現代的な壁が石垣になっていたりする。「懐かしい風景だなと思えるような場所であっても、カメラが向けられるアングルのなかの3〜5割は現代のものが混在するので、美術による手術(1950〜70年の再現)が必要になります」。『宝島』で描かれる時代を再現する、作品のためであることはもちろんだが、美術の役割には「役者たちをその世界に引きずり込む、映画のなかに引き込むことが美術の仕事だと思っているので、役者をその気にさせるためにも、頑張らないとって思います」。実際、主演の妻夫木聡をはじめどの俳優も、特飲街のオープンセットを見て、タイムスリップしたかのようなリアルな世界観に引き込まれたと語る。
そして「再現しようとすることから始まる」と振り返る。「映画はエンターテイメントなので、脚本に寄せて都合よく変えていくことも当然ありますが、それでも最初に目標とするのは再現です。今回は、公文書館やコザの図書館で沖縄の史実を調べたり、実際にコザにあるAサインバーなどに行って当時を知る人の話を聞いたり、いろいろな方法で取材をして再現に向かってアプローチしていきました」。なかでも一番難しかったのは、アメリカ統治時代である1950年代から70年代の20年間を段階を踏んで再現することだった。「再現するためのリアルを追っていくと、無理な部分、不可能な部分も当然出てきます。それを脚本に沿うように少しずつ修正をして、さらにリアルさだけではなく分かりやすさも加えていく。美術を物語のなかのランドマークにしていく、記号化していく作業です」。役立ったのは、プライベートで沖縄の歴史について調べていたことだった。「元々、戦後史に興味があって、沖縄に行ったときに戦跡巡りをしたり、いろんなガマを回ったり、書籍も読んだりしていました。もの凄く詳しいわけではないけれど、興味のある分野だったので、今回のお話をいただいて原作を読んだとき、熱量があって面白いと思ったのと同時に、昔かじりついた部分を掘り起こされて、自分のなかに空いていたスペースに『宝島』がカチっとはまったというか。これは凄い物語だって、わくわくしましたね」。再現から始まりアレンジを経て、映画『宝島』としての沖縄をつくり出した。
照明:永田ひでのり
『わが母の記』(12)で、第36回日本アカデミー賞優秀照明賞を受賞。主な作品は『旅のおわり世界のはじまり』(19)、『子供はわかってあげない』(21)、『この子は邪悪』(22)、『Cloud クラウド』(24)など。大友監督作は『影裏』(20)、『レジェンド&バタフライ』(23)を担当。
「二度、延期になっているので、スケジュールがあわなくなったスタッフもいましたが、大友監督の作品で、これまでやったことのないスタッフと仕事ができる、そういう機会を逃したくないという気持ちもありました」と語るのは、照明部を率いる永田ひでのり。『レジェンド&バタフライ』に続いての大友監督作品となる。照明部は、美術部や装飾部、撮影部との連携が特に必要な部署だ。事前準備をしながらも、美術や装飾が作り上げたセットによって調整も必要になる。「自分たちがいろいろと準備していたことが、覆されることもあります。ただ、撮影の相馬さんとは今回が初めてでしたがツーカーなところがあって。同じところで反応したり、同じ意見を持っていたり、だから大体うまくいきましたね。たとえ違うと思うことが出てきたとしても、準備したものが削られたと思うのではなく、だったらどうするかを考えます」。
撮影現場でスタッフ&キャスト全員が驚かされたロケがあった。オンをはじめ戦果アギヤーがフェンスを乗り越えて嘉手納基地に入っていくシーンだ。照明部はフェンスのずっと奥に50機近いライトを立て、ライトだけで基地の存在を描いてみせた。「何もない場所にまるで本物のフェンスが作られていて、それを見たとき、照明部は何ができるだろうと考えました。沖縄での撮影中に、関係者の計らいで嘉手納基地を見学する機会があり、その時に見た風景を、照明で再現できないかと。スケジュールも準備期間もなかったけれど、照明部の頑張りを見せたい、そんなふうに駆り立てられたというか、意地になったとうか、踏ん張りましたね」。
永田がこの『宝島』の撮影で大切にしていたのは、沖縄の人の気持ちだった。「撮影という仕事以前に沖縄の人はどんな気持ちで生きているのか、あの時代を生きていたのか──。自分が沖縄の人になったつもりでいようと思い、撮影中も何度もコザ十字路に行って、夜中も雨の日も、あの場所に立つことで何かを感じ取ろうとしていましたね」。
台本から何を読み取り、それをどう表現していくのかが、各部署の挑戦となる。照明部としてのこの作品における挑戦は、照明弾だった。「台本に書かれていたのは、浜辺で勝利の宴を開いているシーンで、“米軍から奪った照明弾を次々と打ち上げる”というト書き。そこだけでしたが、自分としては、オンちゃん(沖縄の人)の魂だと認識して、照明部でできる演出を大友監督に提案しました」。映画のなかでは、浜辺の照明弾を含めて3個所で照明弾が上がるシーンがある。「オンちゃんは沖縄のシンボル的な人だと解釈していたので、少年みたいなカラー、光を放っている感じを意識しています。あと、ヤマコは一番純粋な色を持っているキャラクターだと思ったので、ヤマコの家は澄み渡った綺麗な雰囲気が出るよう、寒色のフィルターを使っています」。
録音:湯脇房雄
主な作品は『貞子vs伽椰子』(16)、『オズランド 笑顔の魔法おしえます。』(18)、『劇場版TOKYO MER 走る緊急救命室』(23)など。大友啓史監督作品は『ハゲタカ』(09)、『億男』(18)、『るろうに剣心最終章 The Final/The Beginning』(21)、『レジェンド&バタフライ』(23)など多数参加。
一見これは大変だろうな、と思うような環境(現場)であっても、そのなかでどう楽しむことができるのか、どう腕をふるわすのか、職人の腕の見せどころでもある。数多くの日本映画で活躍する湯脇房雄は、どんなに大変そうな撮影も「考えることが楽しかった」と『宝島』の現場を振り返る。
「僕にとって録音という仕事は、映画(作品)のリアルを追求することですが、そもそも映画(その作品)のリアルとはなんぞや?というところから始まります。録音には、同録(同時録音)もあるし、アフレコ(アフター・レコーディング)もあるし、いろいろな選択肢がある。その中で、アフレコよりも同録とオンリー(現場で特定の音だけを録ること)を選択するパーセンテージが高い。それが僕の基本です。アフレコは、できるだけしたくないんですよね。映画というのは、現実ではない嘘の画(世界)ではあるけれど、撮影という中においてはリアルです。だから映画のリアルを追求すると、同録という選択になるわけです」。
もちろん、役者の演技においても撮影現場と後日スタジオで再録音するのとではテンションが違ってくる。そのためにも、雑音(環境音、ジェネ音、風音など)をどう対処するのかも録音技師の腕にかかっている。「雑音があって、その音を消せないのであれば、どう対処するかを考えなくてはならない。何かの音を入れてごまかすか、その音が気にならないように別の音として作るか、いろんな方法がありますが、この場合はどうしようかと考えることが楽しいんです」。ちなみに、沖縄の空は数分おきに飛行機が通り過ぎる。撮影現場としては過酷な環境だった。
監督の演出によって録音の方法も異なる。大友監督と15年の付き合いになる湯脇は、大友監督の撮り方を知り尽くしているスタッフのひとりだ。「大友さんの場合は、引きがあっての寄り、その積み重ねなので、ワイヤレスマイクが主体です。どんなワイヤレスマイクを使って、どう録っていくのか、どう工夫するのか、いかに馴染むようにするのかを、考えていくのが僕らの仕事。分かりやすい例を挙げると、嘉手納基地からグスクが戻ってきて、フェンスを乗り越えて、ヤマコが「オンちゃんは?」と言って、その後、グスクとヤマコが走っていく一連のシーンがありますよね。あれも全部シンクロで録っています」。後日、アクションシーンの息づかいなどはアフレコで録っているが、基本は同録とオンリーだった。
そして、録音は録音なりの音の演出をすると言う。それはどういうことか?「専門用語が続くセリフのときは、(音のレベルを)普通に出していればいいけれど、ちょっと大事なシーンになったら、これは聞きなさいよってレベルを上げるし、逆にここはちょっと抑えて散らそうかなっていうときもある。その強弱を、僕の方で多少はつけています。演出側が音の演出を気に入るかどうかは分からないけれど。今回の『宝島』は、どっしりとした映画だから、そのどっしりとした形の中でどうするか、でしたね。大友監督とはそういう細かい打ち合わせは全然したことないですけどね(笑)」。
編集:早野 亮
『64‐ロクヨン‐前編』(16)で第40回、『護られなかった者たちへ』(21)で第45回日本アカデミー賞優秀編集賞をそれぞれ受賞。主な作品は『ラーゲリより愛を込めて』(22)、『九十歳。何がめでたい』(24)ほか。大友監督作は『3月のライオン 前編/後編』(17)、『億男』(18)、『影裏』(20)を担当。
編集の早野亮は、カメラに収められた“うねり”をそのまま繋いでいくことを大事にした。「どの作品を編集するにしても、作品によって大きな違いはそれほどないですが、大友作品の場合は、素材が多い、カットが多い、そして尺が長い。それを比較的自由に、僕のほうで判断して繋いでくというのが、実は一番の特徴なのかなと思います。どのシーンも大切に撮ったものなので、良さを失わないように、物語のなかで何が重要なのかを自分のなかで構築しながら編集していきます。今回のように沖縄の20年間という長い時代を描く場合、物語を分かりやすくしがちですが、分かりやすくし過ぎると逆に面白くなくなってしまうので、じっくりすべてを見せることを心掛けました」。
3時間11分の物語。冒頭で、この作品の世界感にいかに入り込めるかも重要なポイントだ。戦果アギヤーたちが米軍から逃げるオープニングのカーチェイスシーンは、一番時間をかけたと語る。「この映画をどう観るのか、冒頭がその方向性にもなると思うので、最初にこれを見せたら3時間途切れることなく見せることができるのではないか、試行錯誤しながらでした。『宝島』という作品がもともと持っているテーマは大きくて重い。最終的にそれを受けとめてもらうために、入口(冒頭)は、その重さを感じさせないように、懐かしさと取っ付きやすさを意識しました」。
物語としてのヤマ場があり、主人公のグスクをはじめ、ヤマコ、レイ、オン、それぞれのヤマ場もあり、クライマックス的シーンがいくつもある。見どころだらけであることもこの映画の魅力のひとつだ。なかでも、約20分という長い尺で描かれるコザ暴動のシーンは、想像を優に越える熱量を放っている。「コザ暴動のシーンは、カット数も多くて、民衆役のエキストラの数も多くて、しかもみんながみんな素晴らしい芝居でした。カッコよく繋ぐとか壮大に繋ぐとか、そういったテクニカル的なことよりも、芝居のエネルギーを失うことなく丁寧にしっかり繋いでいく、それを第一に考えました」。まるでグスクと一緒にその場にいるかのような、没入感あるシーンになっている。
大友監督の意向を聞きつつ、編集の立場として、このセリフは寄りで言わせてみてはどうかなど選択肢は無限にある。「そういう意味では、ヤマコの家にレイが訪ねてくるシーンは、長回しで撮っているので、ワンカットにもできるしカットを割ることもできる、一番大変だったかもしれません。レイの気持ちに寄りすぎてしまうとヤマコの方が……となるので、そのさじ加減も含めて自分のプランを提示していくという感じですね」。
時間をかけたシーンや苦労したシーンがあるなかで、好きなシーンは何処なのだろうか。「やっぱり後半のグスクがすごく好きですね。ずっと溜め込んできたグスクの怒りがコザ暴動と混ざり合い、沖縄の人の感情を代弁するかのようなあの叫びへと繋がっていく。それまでのグスクは受け身というか、感情をそこまで表してこなかったけれど、爆発して、レイとの会話へと流れていく。あの一連の芝居は、何回見ても好きなぁだと思えるシーンですね」
VFXスーパーバイザー:小坂一順
主な作品は『キングダム』シリーズ(19/22)、『劇場版TOKYOMER 走る緊急救命室』『首』(23)、『ゴールデンカムイ』『碁盤斬り』(24)など。大友監督作は『るろうに剣心』シリーズ(12/14/21)、『3月のライオン 前編/後編』(17)、『影裏』(20)、『レジェンド&バタフライ』(23)を担当。
今や、どんなものもCGで描ける時代。架空の物語の世界を作ることもあれば、歴史の一部を再現することもあるが、どちらもそれぞれ難しさが伴う。『宝島』のVFXチームを率いるのは、小坂一順。大友監督作品では『レジェンド&バタフライ』に続いての参加、他作品では『キングダム』や『ゴールデンカムイ』シリーズなど(Spade&Co.として)150本を超える劇場用映画に携わってきた小坂であっても、『宝島』は挑戦だったと話す。
「1950〜70年代の沖縄に関しては、当時の建物や施設がほぼ残っていないこともあり、実はかなりの数のCGを使っています。たとえロケ撮影だとしても、抜けの建物はCGです」。VFXの作業を行ったカット数は、最終的に615に及び、約50人のスタッフが稼動した。「たとえば、戦国時代や明治時代の世界観を作る場合は、全国各地に城や寺が残っていますが、戦後の街並みの風景は沖縄も含めほぼ残っていないので限定した時代を再現するのは難しい。東南アジアなど似たような街で撮影する方法もありますが、それは現実的ではないので、街並という点ではオープンセットとスタジオのセットで撮影しています。『宝島』は言うまでも無く大作です。けれど大作だからといって予算も時間も限られていますから、美術と装飾と連携しながら、効率よくVFXを使うことを提案していく必要がありました」。どこまで美術と装飾が担い、どこからVFXが担うのか、境目がどこになるかで仕事の難易度は大きく変わる。
コザ暴動が起きたゲート通りは、日本最大のステージ、東宝スタジオの8スタにセットが組まれた。実際のゲート通りは、嘉手納基地の第2ゲートから胡屋十字路まで距離にして約500メートル。一方、スタジオの長さは41.8メートル。限られた空間で通りの奥行きをどう出すのか、群衆をどう描くのか、課題は山積みだった。「当初はオープンセットの予定で、ゲート通りの半径30〜50メートルくらいは美術が作り、その先がCGになるのではないか、最初はそう思っていました。ところがスタジオに変更になったことで、近距離の建物や人もCGで作らなければならなくなって──。エキストラは何百人も参加してもらっていますが、史実としてのコザ暴動は5000人の群衆です。しかも一人一人違う服を着て、髪形も違う、顔も映る、ごまかしがきかないんですよね」。救いだったのは、もともとオープンセットで準備を進めていたこともあり、美術部が木材など材料を無駄にしたくないと、店の形をしたブルーバックが作られたことだ。「通常は幕や平らな板を張りますが、今回は通りを挟むいくつかの店の外観の形をしたブルーバックを作ってもらい、なかなか特殊なセットになりました。ただ、そうすることで外観や看板に落ちる光や影がリアルになる。それは、メリットでしたね」。
コザ暴動の群衆のストレスやヘイト、爆発する感情は当然のことながらCGでは描けないが、その感情の強さと大きさと天秤になるような熱量のある空間を目指した。「炎や煙、爆発など画面の隙間がないようにCGで埋めました。自分たちも、グスクをはじめとする群衆のあの気持ちを表現したいと思って制作しています」。
装飾:渡辺大智
主な作品は『許されざる者』(13)、『世界から猫が消えたなら』(16)、『映画夜空はいつでも最高密度の空色だ』(17)、『ケイコ目を澄ませて』(22)ほか多数。大友監督作は『るろうに剣心』シリーズ(12/14/21)、『ミュージアム』(16)、『3月のライオン前編/後編』(17)、『億男』(18)、『影裏』(20)を担当。
『るろうに剣心』シリーズをはじめ、数多くの大友監督作品の装飾を担ってきた渡辺大智。『宝島』映画化が決まる前に原作を手に取り、映画化される題材だと興味を抱いていた。その後、装飾として関わることが決まり、沖縄に関する書籍を集め研究するが、その数が半端ない。大きめの本棚ぜんぶを埋め尽くすほどの量。「この企画は二度の延期があったけれど、プラスに捉えればそれだけ調べる時間があったということ。3〜4年かけて調べることができて面白かった。沖縄という場所、島の感覚も肌で知りたくてプライベートで何度も訪れましたね」。地元の人と会い、話し、それを書籍で得た知識に加えていく。リサーチとしては無敵だ。「そうやって調べていくと、点と点が繋がっていく、その作業がすごく楽しい。たとえば、辺野古のアップルタウンに作ったオープンセットでは、看板やポスターなどは全部手書きです。当時はパソコンなんてない時代ですから、規定のフォントは使わずにデザインをおこすところから作業しています。Aサインの「A」の文字ひとつとっても、いびつなAだったりする。それも狙ってそうしています。看板屋さんに描いてもらったり、美大に通っている人たちに描いてもらったりしました」。看板の材料はもちろん古材だ。
装飾部のこだわりのセットと言えるのが、グスクの部屋だ。もともと台本にはなく追加されたシーンで、撮影最終日にスケジュールが組まれた。「主人公の部屋を何の準備もできない状態で撮影はスタートしましたが、毎日現場で妻夫木さんの芝居を見ながら、どんな部屋にするべきか考え準備を進めていきました」。そして、その方向性で間違いないと確信できたのは、撮影もラストスパートに差しかかった頃、ヤマコが教壇に立つ小学校に飛行機が墜落したシーンだった。「あのシーンのグスクの芝居を見て、準備してきたあの部屋でいけると方向性は固まりました。実は、それまで半信半疑で──。グスクは誰のためにオンを探しているのかが、つかめなかったというか。でも、泣き叫ぶヤマコを抱きかかえるグスクの芝居を見て、やっぱりグスクはヤマコのことが凄く好きで、オンちゃんを探す行動は、ヤマコのためなのだと繋げることができました」。床やベッドには資料が積まれ、壁には島の地図。そこに貼られた写真やメモの数から捜査の年月とグスクの執念が滲み出ている。また、二段ベッドが意味するのは人との距離感。刑事となったグスクの孤独さが際立つ仕組みになっている。「グスクは主人公だけれど、その心情は掴めるようで掴めない、そもそも刑事ですからね。ただでさえパーソナルな部分(ヤマコへの気持ちなど)を消している役柄なのに、なおかつ刑事としていくつもの覆面をつけている。だから前半の特飲街の撮影ではグスクの部屋に繋がるような心情を見つけることはできなかったけれど、そりゃそうだよな、こいつ刑事だしって気づいて。そうやって装飾としてグスクという役を提示していく作業が、とても面白かったんですよね」。まさに渾身のセットだ。
衣装デザイン:宮本まさ江
第36回日本アカデミー賞協会特別賞受賞。主な作品は『日本のいちばん長い日』(15)、『関ヶ原』(17)、『検察側の罪人』『日日是好日』(18)、『新聞記者』『キングダム』(19)、『燃えよ剣』(21)、『ヘルドッグス』(22)など。
宮本まさ江は200本近い映画の衣装を手がける、日本映画を代表する衣装デザイナー。そんな宮本であっても『宝島』の規模感の衣装の演出は「大変だった」とふり返る。「沖縄を舞台にした映画は、過去にも『涙そうそう』や『チェケラッチョ』など何本か担当していますし、1950〜70年代の沖縄を記録したフィルムや写真があるので、そこから当時の人々がどんな服装だったのか雰囲気を掴むことはできます。けれど、そのまま再現というわけではなく、それをベースに、まずはグスク、ヤマコ、レイ、オンというメインキャラクターの衣装を考案し、『宝島』の世界観を作っていきました」。
俳優が身に着ける衣装によってそのキャラクターの見え方は左右される。各役の20年間の変化を見せることも重要だった。中心にいるグスクは、ベージュ、グレー、茶というようにベーシックな中間色が選ばれた。「他のキャラクターは年代と共に色や柄、デザインが変化しますが、その対比として、刑事になってからのグスクは(大地を感じさせるような色合いの)無地を選びました。1950年代のグスクは雪駄を履いているので、スーツのパンツラインは少し太めでツータックに。ただ、結婚以降は少し雰囲気を変えています」。ヤマコは、10代の少女が大人の女性に成長していく過程を衣装でも見せている。「たとえば、飛行機墜落事故のシーンのワンピースは優しさを感じさせる柄を選びました。デモのシーンは和製ジャンヌダルクをイメージ、実は私が若い時に着ていたジャケットを使っています」。レイは、和装の反物を100反ほど集め、その中から沖縄っぽくて柄がユニークでレイっぽいものを選んだ。「シャツ&ジャケットをベルボトムやニッカポッカと組み合わせています。ラストシーンはオンちゃんに寄せるかどうか迷いましたが、寄せずにレイらしさを見せる衣装にしました。レイの影響を受けているウタも、レイの衣装と同じラインでコーディネイトしています」。数ある衣装のなかでオンの衣装は、オン=英雄という記憶と共にみんなの印象に残る必要があり、かつオンらしさが滲み出る柄が求められた。「嘉手納基地ではぐれてしまった時に着ている衣装の生地は一点ものです。大友監督に見せたら「オンちゃんだ!」と柄に一目惚れでしたね」。
メインキャラクターの衣装の多くは宮本がデザインし、生地を選び一から作っている。もちろん生地にも柄にもこだわりがある。「グスクは無地のスーツですが、レイは着物の生地、沖縄らしい柄を取り入れました。沖縄の伝統工芸でもあるミンサー織りも使いたくて、オンちゃんの帯に使っています」。また、この映画の特徴のひとつとして、特飲街、民衆のデモ、コザ暴動などエキストラの出演シーンが多いことが挙げられる。「主人公たちを引き立たせるには、その背景にいる人たちがとても重要なので、エキストラの衣装を集めるなどして全部用意しています。大変ですが、大人数の撮影は楽しいし好きなんですよね」。多い日は300〜400人の衣装を用意した。
ヘアメイクディレクター:酒井啓介
主な作品は『妖怪大戦争 ガーディアンズ』(21)、『鋼の錬金術師 完結編 復讐者スカー/最後の錬成』(22)、『怪物の木こり』(23)、『ゴールデンカムイ』『八犬伝』(24)、『室町無頼』(25)など。大友監督作は『レジェンド&バタフライ』(23)を担当。
ヘアメイクディレクターの酒井啓介の準備も、実際に沖縄に行くところから始まった。「大友監督と話すなかで鍵となったのは、メインキャストしかり、エキストラの方も、沖縄出身ではない人をどうやったらメイクで沖縄の人に見せることができるかということでした」。沖縄に行って気づいたのは、住んでいる環境によって、肌や髪の質感に違いがあることだった。「まず日差しが強い。ナイチャーであれば1日で日焼けするくらいです。そういう土地で古くから暮らしているということは、基本的に肌が強いのかなと思いました。イメージとして、髭や眉毛、まつ毛が濃かったり、肌が浅黒かったりするのも環境によることが理解できたので、それを撮影でも意識して取り入れています」。グスクは刑事ということもあって日焼け感を出し、レイは刑務所に入っていた背景もあり一番白い、ヤマコもそれほど黒くはない、肌感もキャラクターの個性となっている。
1950〜70年という時代感を出すためには、粗さも必要だった。「アギヤー時代は、肌の質感を粗く作っているので、基本みんな汚れているし、黒い。腕や脚も同様に汚しのメイクをしています。グスクのメイクでいうと、アギヤー時代のメイクにかかる時間は40分くらい、刑事になってからは20〜25分ぐらいでした」。大変かつ大事だったのは、デモやコザ暴動など百人単位でエキストラが民衆役として登場するシーンだ。なかには400人という日もあった。「大友監督作品は『レジェンド&バタフライ』に続いて二度目。前回の経験があるので、大人数になることは予想していましたし、ひとりひとり作り込みが必要になることも分かっていたので、そういう日は10〜15人体制で臨みました」。
時代が移り変わるなかで、髪形をどうするのかが難しかったと言う。「1950〜70年代は、アメリカのファッションが入ってきて、パーマネントも入ってきた時代ですが、当時の沖縄は本土復帰前なので、映画でも描かれているように余裕がない時代なんですよね。そこをどう表現するかが難しかった。やりすぎると嘘になるし、リアル過ぎると地味になるというか。なので、嘘のない範囲でデザインをしていきました」。
また、アクションシーンでは、傷ができたり、血が出たりもする。その表現も酒井が担当する。「血糊で汚すなどは全部ヘアメイクがやっています。キャラクターによって、たとえば辺土名は鼻が曲がっている設定で特殊メイクをしているので、辺土名のときは百武さん(特殊造形・特殊メイク)にお願いしていました」。映画のなかでのヘアメイクは、美しく仕上げるのではなく、俳優をその作品の世界観に馴染ませる技術のひとつであり、スクリーンに映し出された俳優がリアルに見えるのは、ヘアメイクの力でもある。「一番神経を使ったのは、ラストシーンですね。頭から足先まで全身汚していますが、あの背景で、あの展開で、大友監督がラストの画に対して何を求めているのか、どういう画になっていくのか。現場で対応していく作業の方が多かったけれど、そういう現場で作り上げていくことが面白いんです」。
劇用車コーディネート:武藤貴紀
主な作品に、『シン・ゴジラ』(16)、『ドライブ・マイ・カー』(21)、『帰ってきたあぶない刑事』(24)、Netflix「新幹線大爆破」(25)など多数。
劇用車担当:金子拓也
主な作品に、劇用車として『ワイルド・スピード X3TOKYODRIFT』(06)、制作部として、『バトル・ロワイヤル』(00)、『LIMIT OF LOVE 海猿』(06)、テレビシリーズ「TOKYO VICE」(22)など。
特定の年代を描くということは、あらゆるものを再現しなくてはならない。街並、身に纏うもの、当時売られていたもの……準備するものは多岐にわたる。車もそのひとつだ。劇用車を担当する武藤貴紀と金子拓也は、日本全国はもとよりアメリカなど世界から作品に見合う車を取り寄せた。マイケル・マン監督のドラマ「TOKYO VICE」など世界の監督と仕事をする彼らにとっても、『宝島』は「今までやったことのないレベル」だったという。
「リースと買い取り、借り物とあわせて、だいたい50台ほど用意しました。1950〜70年代という年代だけでも大変ですが、今回は左ハンドルのアメ車という条件も加わり、脚本を読んだときは、相当大変な作業になるぞと、二人で「やばい」を連発していましたね」(武藤)。
最初に選んだ車は、冒頭でオンをはじめ戦果アギヤーが米軍に追われるカーチェイスシーンで、グスクたちが乗っているトラックM 37だった。脚本のS#(シーンナンバー)1の1行目、ト書きには〈広大な基地内を猛スピードで走る軍用トラックと、それ追う米兵たちの軍用ジープ〉とある。「アメリカから購入したのでかなり値段は張りましたが、冒頭の一発目に戦果アギヤーが揃って登場するシーン、映画の顔(入口)になるシーンなので、『宝島』らしさを考えてM 37を選びました」(金子)。
『宝島』で描かれる当時の沖縄の街並にとけ込むことはもちろん、グスクやレイ、ウタなど、役に合う車をどう選ぶかも重要だった。美術部と装飾部と連携を取りながら、街と役にぴたりとはまる劇用車を用意した。「グスクが1950年代のシーンで乗っているのはシボレーです。おそらくアメリカのどこかの納屋にあったもので、錆びついたボディも色合いもぴったりじゃないかと思い、大友監督に見てもらうと「グスクの車だ!」と一目で気に入ってもらえました。僕らも絶対にこれだろうという自信はあったので、意見が合致して嬉しかったですね。ただ、このシボレーは不動車で、しかも当時のオリジナルなので今とボルテージ(電圧)が異なる。専属メカニックを沖縄に呼んで、撮影中ずっと対応してもらいました」(武藤)。修理をしながら撮影を行った。「レイはやっぱりオープンカー、少し派手めな感じが似合うのではないかと探していたら、香川でコンバーチブルのポンティアックチーフテンを所有している方を見つけて。お借りして沖縄に運びました。ウタの車は、ビートル(フォルクスワーゲン)のヴァリアントを用意しました」(武藤)。
特飲街やコザ暴動のシーンのなかには、車の衝突や炎上もある。それも本物の車を使って撮影を行っている。「動く車と動かない車を明確に分け、動かない車はヘッドライトを光らせて横転した後のシーンに配置し、各シーンのトーン合わせるために色を塗り替えている車もあります。今回のような規模はなかなかないので、胸が高鳴りましたね。ヴィンテージカーが集まってセットに配置されると、当時はこうだったのかなと雰囲気が伝わってくる。『宝島』に参加できて本当に楽しかったです」(金子)。
沖縄アドバイザー/沖縄ことば監修・指導:今 科子
主な作品は『おぎゃあ』(02)、『八月のかりゆし』(03)、『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』『天国からのエール』(11)、『旅立ちの島唄〜十五の春〜』(13)、『島々清しゃ』(17)、『海辺の映画館 キネマの玉手箱』(20)、『島守の塔』(22)など。
沖縄ことば指導:与那嶺圭一
主な作品は俳優として『パッチギ!LOVE& Peace』(07)、「ガラス色の恋人」(09)、「琉神マブヤードラマシリーズ」(09〜15)、『天国からのエール』(11)、『天の茶助』(15)など。
沖縄ことば指導としてクレジットされているのは、今科子、与那嶺圭一。今は、大友監督がNHK時代の演出作「ちゅらさん」も担当している縁もあり、『宝島』は脚本開発の段階からセリフ監修として参加している。どのぐらい方言を入れるのか、キャラクターによって方言の強弱をどうするのか──「言葉ひとつも妥協したくない。本物の言葉で撮りたい」と、何度もセリフの修正を行った。撮影現場で、今のサポートを担うのは、俳優としても活躍する与那嶺。方言指導として映画に参加するのは今回が初となる。「今さんのサポートをしながら、コザ暴動のシーンや戦果アギヤーがフェンスを越えていくシーンなど、役者としても3〜4シーン出演させてもらいました」。力強い戦力となった。
“ことば”は、時代によってどんどん変わっていく生き物のような側面もあり、沖縄ことばといっても市町村によって異なる。そのなかで今が何よりも大切にしたのは、1950〜70年代のコザの言葉であることだった。さらに、キャラクターによっても違いを出している。今と与那嶺が全セリフを録音し、役者はその音源を聴きながらセリフを覚える。それぞれの俳優の取り組み方を振り返る。グスク役の妻夫木聡については「完璧なウチナンチュだった」と絶賛する。「妻夫木さんは、コザに友達がいることもあり、沖縄のイントネーションはもともと完璧に近くて、コザの言葉も何パターンか教えると全部を把握していました。本当に沖縄の人でしたね」。ヤマコ役の広瀬すずは、教師であることから方言の割合を調整している。「当時は方言令もあり、教員はできるだけ標準語を使う時代でもありました。ヤマコに関しては、訛りを濃くせず、方言を入れても最後に“〇〇やさ”という感じに留めています」。レイ役の窪田正孝は、短期集中で練習に臨んだ。「撮影前に一度東京で練習をして、沖縄に入ってから稽古の日を作り、徹底的に練習してもらいました。窪田さんは、現場ではずっと標準語で喋っているので、最初は大丈夫かな?と心配していましたが、いざ段取り(テスト)に入ると完璧で。こちらを不安にさせながらも完璧にこなす人でした」。オン役の永山瑛太は努力家だった。「オンちゃんはコザの英雄なので、大友監督と相談しながら、他のキャラクターよりも方言を強調しています。瑛太さんは、ひと言であってもそのひと言をオンちゃんとして完璧にしようと努力する人でした。会話のなかで咄嗟に出てくる言葉も覚えておきたいとリクエストがあり、オンちゃんアドリブ集も作りましたね。また、今は「コザの思い、1950〜70年代の沖縄の人々の想いを伝えたい」と、コザ暴動やデモのシーンでは、エキストラのセリフにも力を注いだ。実際のコザ暴動の記録音源から群衆の言葉を一つ一つ書き起こし、当時を知る世代に話を聞き、それをエキストラのセリフに反映させている。「大友監督が、エキストラも役者のひとりだと言っているのを聞いて、沖縄出身じゃない方にもウチナンチュになってほしい、1人1人セリフを言って欲しいと思い、与那嶺さんと私でエキストラの方々に、短いセリフを覚えてもらいました。事前準備からクランクアップまで、とても大変でしたが、それ以上にとても楽しかった。本当にこの映画に関わることができて感謝しかないです」。
フードコーディネーター:嘉陽かずみ
琉球料理研究家の松本嘉代子氏の助手を務め、琉球料理を基礎から学ぶ。12年より観光客向けサービスとして市場ツアー&沖縄料理体験教室を実施するなど独自の世界を展開、県外への出張料理教室も多数実施。
どの部署も脚本から何が必要であるかを読みとり準備をする。フードコーディネーターとして、この映画の“食のシーン”を任されたのは、琉球料理家で沖縄県観光大使(食部門)の嘉陽かずみ。ヤマコの就職祝い、法事や納骨といった大勢が集まるシーンは、伝統的な料理が並んだ。「沖縄で法事と言えばこの料理というように決まった料理があり、盛り付けに関しても形式があります。私自身、年齢を重ね、経験を積んでいるので、それを活かせると思い、喜んでお引き受けしました」
物語の舞台となるのは1950〜60年代。沖縄の街並は大きく変化をしているが、料理は時代と共に変化はあるのだろうか。「その頃と今と、ほとんど変わらないですね。最近は、業者が作ったものを用意することもありますが、昔はそれぞれの家で作っていました。メインになるのは重箱料理です。本土で重箱料理というと、お正月のおせちをイメージされると思いますが、沖縄の重箱料理は、ご先祖様にお供えするご馳走、それが重箱料理です。ですから、法事のときは必ず登場する料理ですね」。
撮影現場で、料理の準備をしていると、美味しい匂いにつられてキャストがふらりと立ち寄ることもあった。その美味しい中身とは──。「正式な重箱の大きさは約21センチ四方で、9つのマス目に沿って9品のお料理を盛り付けます。どこの地域でも大体決まっているのが真ん中のライン。角煮をラフテーと言いますが、地元では三枚肉の煮付けと言います。その三枚肉の煮付け、法事の時は白いかまぼこ、昆布、この3つは大体どこの地域でも決まったものがあり、その地域の産物が入ったりすると微妙に変わったりもしますね。ほかには、天ぷら、豆腐の揚げ物、お煮付け類など。今回は映画の撮影ということもあり、色味のバランスに気をつけながら、みんなが集まるシーンでは4段重ねの重箱料理を8つ作りました」。
大友監督は、その土地土地の風習を描くことも大切に『宝島』に臨んでいた。法事のシーンでは、時代考証、民俗考証のスタッフも交え、現場を作っていった。「重箱と一緒に仏前に飾るお菓子や果物の種類や配置にも決まりがあるので、時代考証や民俗考証の先生と一緒に準備をしました。器にも決まりがあります。わが家には大正生まれの姑がいて、当時の器を持っていたので、これ使えるかな……と現場に持っていたら、先生が「ばっちりです、これを使いましょう」ということに。その器をスクリーンで見るのも楽しみです(笑)」。食のシーンをとおして、語り継がれることの大切さが伝わってくる。
また、嬉しい再会もあったと話す。「ユタ役・照喜名(てるきな)を演じているきゃんひとみさん、昔に仕事をご一緒したことがあったので再会がすごく嬉しかったというのと、照喜名のセリフは、地元の人も話せないとても難しいユタの言葉(のセリフ)を方言で話しているんですね。そのお芝居を見て、鳥肌が立ちました」。食や風習を含め、沖縄で生きてきた人々が伝えるものが、カメラにはしっかりと収められている。
米軍所作指導:飯柴智亮
軍事コンサルタント。99年に米陸軍入隊。精鋭部隊の第82空挺師団に所属し、アフガニスタンで「不朽の自由作戦」に参加。08年に大尉に昇進。09年除隊。11年トロイ大学より国際政治学・国家安全保障分野の修士号を取得。様々な国・企業のコンサルを担い、現在はウクライナの最前線で従事。
1950〜1970年代の沖縄を描くことには、アメリカを描くことも含まれる。グスクと協力して事件を解決する米軍の高官アーヴィンをはじめ、米兵も数多く登場する。彼らの米軍所作指導を担当したのは、映画『ランボー』を見てアメリカ軍人になった男、元アメリカ陸軍大尉で軍事コンサルタントの飯柴智亮だ。「お声がけいただいて原作を読みました。コザ暴動や小学校の飛行機墜落事故、戦果アギヤーについてなど、知らないことが描かれていて驚きました。米軍の人間として生きてきた自分の中で現在の沖縄は最重要地域、戦略上の重要な拠点であるという認識でしたが、『宝島』で描かれていることは、日本生まれの日本人として知らなければならないことでした」。それが映画に参加するきっかけにもなったと言う。
撮影現場では、具体的にどんな所作指導を行ったのか。「米軍入隊経験のない外国人俳優を、限りなく米軍の人間に似せることが最重要課題でしたので、今回は最初のオーディションの段階でドリル・アンド・セレモニーと言われる軍隊での基礎的な動き──気をつけ、休め、右向け右、回れ右、といった動きをやってもらい、向いている役者だけを厳選しています」。さらに、選ばれた俳優を本物の米軍の人間に近づけるため、所作はもちろん銃の構え方や軍人特有の言い回しなども指導した。「ここで苦労したのが1950~70年代の米兵、それも精鋭部隊ではなく空軍のSP(Security Police)レベルに特化させなければならなかったことです。当時には無かった動作や言語などを使わないよう、細心の注意を払いました」。映画の舞台は飯柴氏が産まれる前であるため、不明な部分は軍事技術体系の進化過程にスペキュレーション(推察)を織り交ぜて指導した。
撮影を通して、知らなかった事実を知る。そのなかで特に印象深く記憶に刻まれたのは、ヤマコが教壇をとる小学校に米軍の飛行機が墜落したシーンだった。「セットが大かがりだったことに驚きましたし、広瀬すずさんの演じるヤマコが泣き崩れるシーンがとても印象深くて──。自分は米ソの冷戦時代に育ち、米国の政策が最大公約数であると信じて米軍に入隊しました。完璧なシステムはない、絶対にないのですが、そういった中でアメリカが絶対正しいと信じて入隊したので、最大公約数であるがゆえに切り捨てられた数字があり、その切り捨てられた数字について、今までは致し方ないという考え方でした。しかし、この『宝島』のテーマがまさにそこを突いたものだったので、致し方ないで済ませてはならないことだと、深く考えさせられました。また、大友監督と話すなかで感じたのは、この映画を作らなかったら歴史の中に忘れられてしまう、だから映画を通して伝えたいんだという、とても熱い想いを持った監督だということですね」。
飯柴にとって映画に携わるのは今回が初めてとなるが、もともとシルベスター・スタローン主演の映画『ランボー』に憧れ、米軍に入隊するため19歳のときに渡米。自身の経験が映画作りに繋がるのはなんとも運命的だ。「『ランボー』を観て、今の自分の人生が始まったようなものなので、映画が人に与える影響はとても大きいと思います。そして、こうした『宝島』という映画に参加できたことも、すごく嬉しいです」。
スタントコーディネーター:吉田浩之
『孤狼の血』シリーズ(18/21)、『ラーゲリより愛を込めて』(22)、Netflix「極悪女王」(24)、『国宝』(25)など。ベストアクション監督優秀賞を2度受賞。大友監督作は『ミュージアム』『秘密 THE TOP SECRET』(16)、『3月のライオン 前編/後編』(17)、『億男』(18)、『レジェンド&バタフライ』(23)を担当。
ファイトコレオグラファー:後藤 健
主な作品はスタントコーディネーターとして『狐狼の血 LEVEL2』(21)、「インフォーマ」(23)、「ドンケツ」(25)、スタントとして『るろうに剣心』シリーズ、『HIGH&LOW』シリーズ、『キングダム』シリーズなど。
スタントを任されたのは、スタントコーディネーターの吉田浩之と、ファイトコレオグラファーの後藤健。彼らを筆頭に30〜40人のスタントマンが『宝島』のアクションシーンを支えている。まず、オンが率いる戦果アギヤーは米軍基地に忍び込むため3メートルの高さのフェンスを軽々と乗り越えるシーンがある。スタントチームは下準備と練習をしっかり行い、絶対に危険なことがないよう撮影に臨んだ。「想像以上に難しかったと思いますが、みなさん流石でした。驚いたのは、潜入するときに瑛太さんがフェンスの一番上からジャンプをしたことですね。高さもあるので、飛ばなくてもいいですよと話していたのですが、オンちゃんだったら飛ぶと思うのでと、役に入りきってジャンプ。流石だなと思いました」。
キャラクターごとにアクションの癖も用意している。「同じ戦い方にならないように、個性を出しています。オンちゃんとレイは兄弟なので、似ている部分があります。喧嘩慣れしていて、本能で戦っているようなイメージですね。一方、グスクは実直で熱い男ではあるけれど、実はそんなに戦うことが好きじゃなくて、フィジカルの強さというよりも気持ちで打ち勝つという感じですね。ただ、刑事になったグスクは武道も嗜んでいるはずなので、年齢によって違いを出しています。あと、俳優さんたちの芝居を見ながらですね。たとえば、グスクがホテルに拉致されてボコボコにやられるシーンがありますが、その時の妻夫木さんのお芝居を見て、感じたものを活かして(その場で)取り入れながら動きを作りました」。
大友監督は、芝居の延長線上にアクションがあることを常に大切にする、それは吉田と後藤が目指すアクションとも合致した。コザ暴動シーンを含め実はアクションシーンは多く、謎の男たちに米兵が襲撃される”アメリカー狩り”という事件の乱闘シーンも大変な撮影だったと語る。「“アメリカー狩り”をめぐり那覇派とコザ派が対立するシーンがあります。夜の狭い裏路地で、レイとタイラを含め約30人のアクションシーンでした。予定調和な動きにならないように、タイラがレイを助けて逃げる、階段からアクション部のスタントマンがゴロゴロ落ちるというドラマ(流れ)を作って撮影しています。そのシーンを大友監督がすごく喜んでくれて、「最高だった」っていう言葉をいただいたのは嬉しかったですね」。大友監督は琉球空手のアクションを取り入れようと考えていた。偶然にも後藤は琉球空手の三段所持者で、那覇派とコザ派の乱闘シーンには琉球空手も取り入れ、レイ役の窪田とタイラ役の尚玄も琉球空手を習い芝居に取り入れている。
また、クライマックスに用意されたグスクとレイの対峙について、「あのシーンは、妻夫木さんと窪田さんは100mぐらい全力で走ってから芝居が始まるので、負担はかなり大きかったはずです。それでも一連でやる意味のあるシーンで、これができれば見たことのない画になると思い、アクション部で何度も練習を重ね、絶対に危険のないよう準備をして臨みました」。走った後のアクション、そして5分にわたる熱量のある2人の会話は、言うまでもなく名シーンとして刻まれた。
監督補:田中 諭
主な作品は『ワンダーウォール 劇場版』(20)のほか、大友監督作品「ハゲタカ」(07)、「白洲次郎」(09)、「龍馬伝」(10)、『秘密 THE TOP SECRET』(16)、『るろうに剣心』シリーズ(12/14/21)など。演出として「おかえりモネ」(21)、「いいね!光源氏くん」シリーズ(20/21)、「どうする家康」(23)など。
助監督としてキャリアを積み、大河ドラマ「どうする家康」の演出をはじめ、ドラマの監督としても活躍する田中諭。『るろうに剣心』シリーズ、ドラマ「白洲次郎」や「龍馬伝」では大友監督の右腕として撮影現場を動かし、今回の『宝島』では監督補として現場を支えた。もともと原作に興味を持ち、溢れ出る熱量に惹かれての参加となったが、今回の『宝島』も含めて、「日本が変わるタイミング(時代)を扱った作品、社会的な問題をエンターテイメントとして届ける作品、そういった大友作品に呼ばれるというのは嬉しいですし、縁を感じます」と語る。
どんなに規模の大きな作品であっても、大友監督のスタイルは変わらない。事前の打ち合わせは当然あるが「毎日がジャムセッションのようでもある」と言う。「大きな枠のなかで、各部署それぞれが自由にできる余白があって、こう考えてきたんですけど──と、現場ごとに即興演奏をするような感覚ですね。今回は監督補として、シーンごとに(芝居を含めて)イメージしているものを前のめりに提案する、それを意識していました」。
そのなかでも特に力を入れて向きあったのは、コザ暴動(騒動)のシーンとデモのシーンだった。「この映画は、沖縄史の一大クロニクル的な作品ですが、実はそのなかに、一人一人の正義や息づかい、未来が見えないなかで生きることに必死だった人それぞれが信じたものがある。主人公のグスクらが、正直に自分の正義を貫いているところがすごく響きました。コザ暴動は一夜の出来事ですが、沖縄で起きたその暴動をしっかり伝えたいし、描きたかった」。
ヤマコが参加するデモは沖縄で、クライマックスのコザ暴動は東宝の8スタで撮影されたが、どちらのシーンも数百人単位のエキストラ、多い時で500人近い日もあった。その一人一人をどう演出するのか、それを最前線で指揮していたのが田中だ。「大変でしたし、エキストラの方に時には厳しい演出もしたと思いますが、エキストラ担当の方から参加率が非常にいいと聞いて、嬉しかったですね」。民衆のなかで芝居をした妻夫木聡や広瀬すずは「エキストラさんの熱意に引っぱられた」と話しているように、「台本をめくりながら考えていること以上のことが、現場では起きる。コザ暴動のシーンは、最後の最後に全員が走り出してしまって、カット!の声も掻き消されるほどの熱量でした。原作や台本で感じていた人々の熱量が目の前で激しく湧き出て流れていく、あの熱量はちょっと感動しましたね。他のスタッフも「すげぇ!」ってなっていましたから」。
そして、俳優たちの、役を突き詰めていく姿にも驚かされたと語る。「妻夫木さんをはじめどの俳優も、こちらが十分だと思っても、まだ足りない、まだまだ足りないと役に向きあっていて、一体どこまでやるんだろうと。特に妻夫木さんは、沖縄の人たちが持っている柔らかさとしなやかさ、そして芯の強さと愛情をグスクとして体現していた。沖縄の人たちの想いをまるごと抱えているというか、見事にシンクロしていました」。
ラインプロデューサー:村松大輔
主な作品は『予告犯』(15)、『貞子vs伽椰子』(16)、『忍びの国』(17)、『3D彼女 リアルガール』(18)、『首』(23)など。大友啓史監督作品は『るろうに剣心』シリーズ(21)、『秘密 THE TOP SECRET』(16)、『レジェンド&バタフライ』(23)を担当。
プロデューサーにも色々あり、現場に一番近い位置にいるのがラインプロデューサー。『宝島』では、村松大輔がその役割を担う。「簡単に言うと、現場の調整役、まとめ役ですね。日々、現場のみなさんから上がってきた問題や課題をどう処理していくかが主な業務で、そのなかには、撮影を止めないためにどうするのか、天候による撮影の決行・中止の判断もあります」。
『宝島』の撮影期間は、2月25日から6月9日の約4ヶ月間。前半は沖縄でのロケだったが、天候により撮影が中止となる日もあった。「沖縄=晴れというイメージがありましたが、実は天候が変わりやすかった。スケジュール担当の桜井(智弘)と、毎日ずっと天気予報のやり取りをしていました。あれほど天気予報のアプリを見続けた作品はこれまでなかったです」。多くの映画撮影では、雨の場合はスタジオや屋内の撮影に変更できるよう両天秤のスケジュールが組まれるが、『宝島』の場合は、ロケとオープンセットの割合が多く、スケジュールも苦戦した。「400人のエキストラさんに来てもらったデモのシーンがありますが、もの凄い土砂降りで……。晴れたとしても、地面が川のように水で溢れていたので、やむを得ずリスケに。再調整した日も曇空で小雨も降りましたが、結果的には、それもまた沖縄のリアルとして映し出されていて、地面が濡れている画のほうがデモのシーンには合っていたと思います」。
一方、撮影後半に組まれていた南紀白浜での撮影は天気が味方をした。旧南紀白浜空港の滑走路を嘉手納基地内に見立て、冒頭の戦果アギヤーと米軍のカーチェイス、グスクとレイの対峙からアーヴィンを交えたシーンまで、5日間にわたるナイター撮影。すべてフルオープンのロケで、予備日なし、撮影は延ばせないギリギリのスケジュールを乗り切り、クライマックスの感動シーンがカメラに収められた。
約4ヶ月間という長期撮影を無事に完走できた背景には、『宝島』特有のエネルギーがあったと言う。「これは結果論かもしれないですが、辺野古のアップルタウンに作った特飲街のオープンセットでの撮影が最初に組まれていたことも大きかったと思います。当時を知る人たちが特飲街のセットを見て「懐かしいね」と感動していて──そういう感想も含めて、こんなに凄いセットを作ってしまう作品に参加しているんだと、あのセットがスタッフ&キャストみんなのやる気をさらに上げてくれました。もし、それを考慮してオープンセットを最初にしたのであれば、スケジュールの桜井はかなりの策士ですね」。
撮影期間は106日、沖縄ロケは41日、ロケ地43個所、エキストラは延べ5000人、この数字からも作品の規模の大きさが伝わってくる。そして、撮影を支えた制作部は「縁の下の力持ち」だと村松は感謝を伝える。「毎日、撮影場所が変わるので、各部署の準備はもちろん大変ですが、現場のトイレカーをはじめとするインフラ整備、スタッフ&キャストの配車など、制作部も本当に大変だったと思います。そんな大変ななかでも、全員が常に『宝島』という作品の熱量に引っ張られている、そういう感覚のある現場でした」。
スクリプター:佐山優佳
主な作品は『14の夜』(16)、『ハルチカ』(17)、『キャラクター』(21)、『沈黙のパレード』(22)、『告白 コンフェッション』(24)など。大友監督作は『影裏』(20)、『るろうに剣心 最終章』(21)、『レジェンド&バタフライ』(23)、Netflix『10DANCE』(25)を担当。
真藤順丈『宝島』(講談社文庫)
第160回直木賞受賞
『宝島』文庫刊行にあたって /真藤順丈
刊行される文庫版は、この閉塞した社会の中で自分が存在する価値を見出したい、何かをやらかしたいと願っているあなたにこそ読んでほしい。そこにある現実の壁は不動ではないし、あなたは自分で決めつけるほど無力ではない。沖縄のもっとも熱い時代の物語が、皆の奥深くで密かに身を縮こまらせている宝を呼びさましてくれることを信じてやまない。
文字数 2,104文字
単行本の刊行から三年が経つが、めくるめく沖縄の叙事詩から僕はいまだに解放されていない。
作家のキャリアを〈航海〉に喩たとえることがあるが、それでいくと順風満帆なんて夢のまた夢、しょっちゅう暗礁に乗りあげるどころか暗礁の上が定位置、おかまいなく、ずっとここにいます、と開き直りたくなるほど不出来な作家だった。だが今回にかぎっては、別の意味で遭難したかのようだ。歳月が過ぎても、沖縄の磁場から離れられないのだから。
持てるかぎりのものを注いだエンターテイメント小説で世の中を変えたい、読者の世界を見る目を変えたいという願望を頼りに書いた『宝島』は、ありがたいことに大きな反響を得て、いくつもの冠をいただいた。おかげで沖縄でも出会いの輪がひろがり、作中の実在人物のご家族や「おれも戦果アギヤーだったよ」という読者からとっておきの逸話や秘史も聞かせてもらえた。これほど稀有けうで贅沢ぜいたくなリアクションにふれられる書き手はそうそういるものじゃない。すべては望外の喜びだった。
ところでこの文章を書いているのは、二〇二一年六月の緊急事態宣言下である。昨年来のコロナ禍で、政権は無謀なGo To事業と五輪開催に執着し、給付や補償を拒み、医療の拡充に尽くさずにワクチンも遅配、場当たりの愚策無策で国民の命を危険にさらしている。集団免疫を得られるのがいつになるかもわからず、その間にも変異株が猛威を振るって、感染爆発の第五波が来ることは確実視されている。渡航禁止の対象にすらなった日本は、世界から見れば〈腫はれ物〉に成り果ててしまった。
たかだか政局や利権のために、五輪を一か八かの賭けで強行しようとしている政権は、国民の〈命〉をその賭け金にしている。
なんだろうこの既視感は? 現在の政治はそのまま、戦時から沖縄を敷石にして、基地を押しつけ、民意を無視して辺野古の海に土砂を投じる姿勢と完全に重なってくる。だとすれば県外の僕たちは、沖縄を意識の外に追いやり、政府の腫れ物あつかいを追認してきた報いを受けているのか。〈政権浮揚〉〈国家の利益〉という目標を掲げたとき、為政者はかくも個人の命を無視して暴走する。今となっては政府が「そういう国ですが何か?」と居直っているにも等しい。僕たちが約束されていたはずの未来が、権利が、大事な人たちと過ごす時間が、現状維持すらも危ういフェーズに入ってきている。これほどののっぴきならなさは、あの戦争以来ではないか?
だからこそ、刊行記念エッセイという場にもかかわらず贅言ぜいげんを弄ろうするのだ。そして、そういう今だからこそ僕は沖縄から離れられないのだ。
戦争や圧政のただなかから、どのように未来に価値を認めるかを模索してきたこの島からは、僕たちが生き延びるための廉潔れんけつで恵み深い知恵を受け取ることができるはずだ。
僕の場合は、他者への想像力を鍛えること。たったいま自分が書かなくては二度と語られない物語を全身全霊で書き残すこと。暗闇の中で差しだされる手をしっかりと握り返し、小説の言葉に換えて、最高のエンターテイメントとして還流させつづける方途を模索すること――『宝島』を書くうえで探り取ったそれらは、一人の小説家としての組成まで変えてしまった。
だから沖縄から離れられない。というのはつまり、もっと書かずにはいられないという意味だ。実際、単行本で語りきれなかった島の英雄たちの外伝を、さらには『宝島』のその後の直接の続編すらも起稿して、今も書きついでいる(あいかわらず座礁もしてますが、いずれも今年から来年には発表の予定です)。
これはある意味で、僕の〈遭難〉である。
作家にとって、これ以上なく過酷で、しかし幸福な遭難だ。
刊行される文庫版は、この閉塞した社会の中で自分が存在する価値を見出したい、何かをやらかしたいと願っているあなたにこそ読んでほしい。そこにある現実の壁は不動ではないし、あなたは自分で決めつけるほど無力ではない。沖縄のもっとも熱い時代の物語が、皆の奥深くで密かに身を縮こまらせている宝を呼びさましてくれることを信じてやまない。
二〇二一年六月十八日 仕事場にて/真藤順丈
真藤順丈(しんどう・じゅんじょう)
1977年東京都生まれ。2008年『地図男』で、第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞しデビュー。同年『庵堂三兄弟の聖職』で第15回日本ホラー小説大賞、『東京ヴァンパイア・ファイナンス』で第15回電撃小説大賞銀賞、『RANK』で第3回ポプラ社小説大賞特別賞をそれぞれ受賞。2018年に刊行した『宝島』で第9回山田風太郎賞、第160回直木三十五賞、第5回沖縄書店大賞を受賞。著書にはほかに『畦と銃』『墓頭』『しるしなきもの』『黄昏旅団』『夜の淵をひと廻り』『われらの世紀』などがある。
真藤順丈「宝島」特設サイト – 講談社文庫
タップして意味を確認
- やっちー
- にいにい/ねえねえ
- わー/わったー
- アンマー
- わらばー
- くぬひゃー
- ひんぎれ
- くるす(せ)/
たっくるす(せ) - 御嶽(うたき)
- たっぴらかす
- でーじ
- かしまさい
- なんくるないさ
- ヤマト
- アキサミヨー
- 実の兄
- 実の兄(姉)/
親しい年上の人 - 私(俺)/私たち
- 母
- 子供
- こいつ/この野郎
- 逃げろ
- 殺す(せ)
- 聖地
- 叩きつぶす
- とても/すごい
- やかましい/うるさい
- 何とかなるさ/大丈夫
- 本土
- あれまあ/おぉ
(驚いた時や、困った時、思わず口に出る言葉)
企画から完成まで6年、二度の撮影延期、
幾多の困難を乗り越え実現した奇跡のプロジェクト
映画『宝島』のプロジェクトが始動したのは、2018年6月。真藤順丈による小説「宝島」が出版されるや否や、五十嵐真志プロデューサーと大友啓史監督は、その圧倒的な熱量の人間ドラマと沖縄の歴史的背景を描いた物語の力に強く心を打たれ、即座に映画化に向けて動き出した。当時、大友監督は『るろうに剣心最終章』の製作に奔走していたが、多忙を極めるなか何度も沖縄に足を運び、準備を進めた。同年、小説「宝島」は2018年下半期の直木賞を受賞。翌2019年の夏に企画が動きだした。そこから本格的な企画・脚本開発に取りかかる。
2025年は、本土復帰から53年、戦後80年という節目の年。月日とともに歴史を語り継ぐ人は減少し、戦争の痛みは風化の一途をたどる。そんな時代だからこそ、何としても『宝島』を通じて伝えたい想いがある、それをこの時代に届けたい─。当初、沖縄の本土復帰50周年のタイミングでの公開を目指したこの壮大なプロジェクトは、二度の延期、三度目の挑戦を経て、いま世界に羽ばたこうとしている。
入念な時代考証で描かれる
“沖縄がアメリカだった”20年
二度の延期のなかで【脚本】は、担当者の交代を経ながら継続され、最終的に高田亮を中心に大友啓史(監督)と大浦光太によって開発された。高田は、戦争を知らない世代かつ東京生まれの自分が書いてもいいのだろうかという葛藤もあったが、「戦後の歴史を網羅しながら進んでいくこの物語(原作)に挑戦してみたい、また大友監督と仕事がしてみたい」と引き受けることを決意する。実際に沖縄を訪れ、当時刑事だった人、基地に対して運動をしていた人、(Aサインなどの)レストラン経営者など、さまざまな人から話を聞き、彼らから受け取った感情を脚本のなかに落とし込んでいった。企画・プロデュースの五十嵐も「小説が持っている熱量を、映画へとしっかりと受け渡すことができた」と語っている。
映画『宝島』の台本は、約100のシーンで構成されている。沖縄ロケをメインに、南紀白浜ロケ、東宝スタジオのセット、関東近郊ロケなど、撮影は2024年2月下旬から6月上旬、約4ヶ月間にわたって行われた。今回の『宝島』は、クランクイン直前にコザ暴動シーンがオープンセットからスタジオ撮影に変更になるなど大きな調整があり、さらに日々天候に左右されるロケ撮影のスケジュール調整が実は大変な作業だった。撮影時の統括責任者であり調整役で、現場に一番近いプロデューサーでもある【ラインプロデューサー】の村松大輔は、「沖縄の撮影は、天候を読むのが難しかったこともあり、何百人のエキストラに集まってもらったのに、大雨でデモシーンの撮影を中止にしなければならない、という決断もありました。撮影期間中は毎日、【スケジュール】担当の桜井智弘と天気の話をしていました。難解なパズルのようなスケジュールだったと思います」と語る。
主なセットの取り組みとして、辺野古アップルタウン(※1)に作られた特飲街のオープンセット、嘉手納基地(フェンス)、小学校(戦闘機墜落事故のセット)、コザ暴動のあったゲート通りの再現など、通常の映画でメインとなるようなセットをいくつも制作した。映画『ハゲタカ』(09)以来の大友組の参加となる【美術】の花谷秀文は、「物語としては、クライマックスのコザ暴動に向かっていくけれど、ゲート通りの再現だけでなく、全部が全部力を込めるシーンばかりだった」と語る。アップルタウンのオープンセットは約2ヶ月半かけて街を制作、既存の建物を利用しながら特飲街を再現した。現在はコンクリートやアスファルトになっている道路に土を敷きつめ、看板やポスターは手書きにこだわり、その年代の装飾品などは全国各地から集めた。当時を知る関係者が特飲街のセットを訪れた際に、昔を思い出して思わず涙ぐんでしまうほどのリアリティだった。この映画は約20年間の沖縄が描かれ、1958年の特飲街の撮影後は1970年の特飲街へ、街の変化でも時代の流れを見せている。その他のロケやロケセットの場合も、コンクリートの壁を石垣に変えたり木製の塀や椰子の木を植えたりするなど、細やかな工夫によって1952〜72年の沖縄を映し出す。また、ヤマコの家は伊計島の古民家を改装したロケセットが用意された。
『宝島』のセットにはアメリカ車も数多く登場する。グスクと徳尚の車はシボレー、レイはコンバーチブルのポンティアックチーフテンなど、沖縄での撮影で用意したアメ車は約50台。当時の沖縄は右側通行で左ハンドル車しか無かったことから、年代ものの車を探す作業に左ハンドル車という難易度の高い条件が追加された。日本全国はもとよりアメリカなど世界から取り寄せた。【劇用車】を担当するのは、武藤貴紀と金子拓也。マイケル・マン監督のドラマ「TOKYOVICE」など世界の監督と仕事をする彼らにとっても、『宝島』は「今までやったことのないレベル」の作品だったという。「特飲街のオープンセットがすごくよくできているので、そこに集めた車を置くと、もの凄い雰囲気が出る。僕らも楽しかったし、わくわくしました」(武藤)、「大友監督のリサーチ力に驚かされました。作品に対するアプローチはマイケル・マン監督と通じるものがあると思います」(金子)。特飲街やコザ暴動のシーンでは車の衝突や炎上もあるが、本物の車を使って撮影は行われた。
※1 アップルタウンとは、辺野古の一角にある地域のこと。米海兵隊基地「キャンプ・シュワーブ」が近いことで、1960年から1970年代の最盛期には約2000人が住み、スナックやバー、クラブなど200店舗が集まっていた。現在も当時のアメリカン・レトロな建物が点在している。
コザ暴動が起きたゲート通りの再現と
グスクの部屋のこだわり
どの部署も戦後の沖縄史を学んだうえで準備に臨んでいる。【装飾】の渡辺大智は、『るろうに剣心』シリーズ、『秘密THETOPSECRET』『ミュージアム』など多くの大友作品に参加しており、今回はリサーチに3〜4年をかけた。戦後の沖縄の公文書や写真を集め、実際に残っている場所を訪れ、当時の人々の話を聞き、沖縄のアメリカ統治時代1950〜70年代を段階的かつ徹底的に再現する。20年間を描くなかで大きな変化を見せるのが1960〜61年。その裏付けとなったひとつに、60年代以降に靴を履き始めたという背景がある。映画のなかでも50年代はグスクもふくめ裸足。俳優たちは【特殊造形】が用意した肉足袋をつけて撮影に臨んだ。
「コザ暴動の撮影は、特に気合いが必要な作品の肝だった」と語るのは、【監督補】の田中諭。『るろうに剣心』シリーズをはじめ、ドラマ「白洲次郎」や「龍馬伝」でも大友監督の右腕として撮影現場を動かしてきた経験を、今回も遺憾なく発揮する。「この映画は、沖縄史の一大クロニクル的な作品ですが、実はそのなかに、一人一人の正義や息づかい、未来が見えないなかで生きることに必死だった人それぞれが信じたものがある。コザ暴動は一夜の出来事ですが、沖縄で起きたその暴動をしっかり伝えたいし、描きたいと思いました」。民衆の感情が爆発するコザ暴動は、約20分という長尺で描かれる。
コザ暴動のシーンは、当初オープンセットでゲート通りを再現する予定だったが、撮影中にセットに変更となる。東宝スタジオにアスファルトを敷き詰め車道部分を再現、当初オープンセットで使う予定だったセットの一部を組み、ブルーバックで撮影する。美術チームと【VFXスーパーバイザー】小坂一順が率いるチームの連携によって、当時のゲート通りの街並を再現する。VFXの作業を行ったカット数は、最終的に615に及び、約50人のスタッフが稼動した。実際のゲート通りは、嘉手納基地の第2ゲートから胡屋十字路まで距離にして約500メートル、スタジオの長さは41.8メートル。限られた空間で通りの奥行きをどう出すのか。さらにそこを400〜500人の民衆が動き回る。照明弾も上がる。小坂は「照明弾として照明が生みだす光と影、その強弱を人物の動きに合わせる作業が特に大変だった」と語る。そんなカオスなセットのなかで、チバナ役の瀧内公美は、横転した車に上り「行け行け行けー」と民衆をあおる芝居を自ら考案して演じた。ゲート通りの建物や看板といった大掛かりなセットに加え、装飾部がこだわったのは、いかにスタジオ内に暴動が起きたときの雰囲気を作るかだった。たとえば、沖縄から大量に島バナナを取り寄せてセットの通りに散らすなど、街の臭いやゴミにまで力を注いだ。時代的にパソコンは普及していないことから、看板のデザインはもちろん手作業。材料も古材を使っている。また、主人公を象徴するグスクの部屋をどう作るかが装飾としての腕の見せどころだった。作られたグスクの部屋は、6畳一間。ベッドには捜査資料が山積みで、壁には嘉手納基地の地図が貼られ、新聞や聞き込みメモなどびっしりと埋め尽くされている。グスクが刑事としてどんな生活を送っているのか、グスクの日常とそれまでの歳月がひと目でわかる渾身のセットだ。
撮影と照明の阿吽の連携によって
映し出される嘉手納基地
映画の撮影において、撮影部と照明部は、画の設計、カメラの位置と動き、カラーバランス、照明機材配置の調整など、連携が特に重要になってくる。【撮影】の相馬大輔と【照明】の永田ひでのりは、今回が初タッグでありながらも息の合った連携をみせた。相馬はこの作品におけるトーンを探すなかで「グスクたちの時代に一緒に生きている感じを表現したかった」と、ドキュメンタリーチックなトーンを意識した。各撮影現場で即対応できるようにと、事前にレンズやフィルターなど38ほどのトーン設定を準備して撮影に臨んだ。カメラは基本2台体制、コザ暴動などは4台(+余裕があればもう1台)のカメラを使用。ドローンも活用した。事前準備で大友監督にトーンについて相談する際に、相馬が参考例として挙げたのは『シティ・オブ・ゴッド』『マッドマックス』『デリカテッセン』、そしてウォン・カーウァイ監督の初期のタイトルなどだった。
嘉手納基地は当然のことながらロケセットである。沖縄の広大な敷地にフェンスを建て、基地を表現する。オンが先頭をきってフェンスを乗り越え、グスクやレイ、戦果アギヤーたちが後に続くシーンは、物語の始まりとなる重要なシーン。フェンスから見える基地を表現するにあたっては、広さと奥行きが必要となるが、なんとフェンスと照明のみで夜の嘉手納基地の風景を作り上げた。クレーンも使いながら戦果アギヤーの躍動感あるシーンがカメラに収められた。
映画のなかで何度か映し出される照明弾も照明部の力作だ。照明弾は、沖縄がアメリカだった時代であることを示すアイテムであると同時に、永田は「照明弾=みんなを照らす光=オンちゃんだと捉えていた」と語る。夜の浜辺でカチャーシーを踊るシーン、ヤマコの就職祝いの夜、そしてゲート通りのコザ暴動。特に暴動シーンでは一番派手な照明弾を打ち上げた。『るろうに剣心』シリーズや『レジェンド&バタフライ』などの大友監督作をはじめ、数多くの撮影現場を経験しているラインプロデューサーの村松は、「どの部署の取り組みも、日々感心させられっぱなしでしたが、なかでも照明弾のアイデアや嘉手納基地の見せ方は、照明の可能性を見せてもらいました」と、語る。また、オンとはぐれてしまう嘉手納基地内のシーンは、世界遺産に登録されている歴史的なグスク(城を意味する言葉で、琉球王国の時代に築かれた城跡を指す)のある今帰仁城跡の森で撮影を行った。
徹底的に本物にこだわる、
エンターテインメントのなかのリアリティ
スタントを任されたのは【スタントコーディネーター】の吉田浩之と後藤健、岡本正仁。彼らを筆頭に30〜40人のスタントマンが『宝島』のアクションシーンを支えている。コザ暴動のシーン、米兵狩りなどの戦闘シーン、拉致されたグスクなど、アクションシーンも多い。外国人キャストや米兵役については、オーディションの段階でアクションがどれだけできるかも選定ポイントだった。戦果アギヤーたちが3メートルのフェンスを軽々乗り越えるシーンがあるが、実は想像以上に難しい。スタントチームは下準備と練習をしっかり行い、絶対に危険なことがないよう撮影に臨む。大友監督は「芝居の延長線上にアクションがあること」を常に大切にしており、それは吉田や後藤らが目指すアクションとも合致。グスクは刑事で武道を嗜んでいる動き、オンとレイは兄弟なのでどこか似ている部分があるなど、キャラクターにも違いを出している。クライマックスのコザ暴動のシーンは、延べ2,000人を超えるエキストラも参加し、想像を遥かに超えたインパクトを持つシーンが生まれた。そしてコザ暴動が起きたゲート通りから嘉手納基地へ向かうレイとグスク。彼らが対峙する嘉手納基地内のシーンは旧南紀白浜空港の滑走路がロケ地となった。アクションと10ページにわたる重厚な芝居は、3日間かけて撮影された。
【沖縄ことば指導】としてクレジットされているのは、今科子、与那嶺圭一。今は、大友監督がNHK時代の演出作「ちゅらさん」も担当している縁もあり、今回は脚本開発の段階からセリフ監修として参加している。当時の声=1950〜70年代の沖縄の人々の想いを伝えたいという気持ちもあり、コザ暴動やデモのシーンでは、エキストラのセリフにも力を注ぐ。実際のコザ暴動の記録音源から群衆の言葉を一つ一つ書き起こし、当時を知る世代に話を聞き、それをエキストラのセリフに反映させる。エキストラには事前の稽古でその背景や言葉を伝え、群衆の一人一人が“声を持つ存在”となるよう丁寧に準備を重ねた。今と与那嶺は、主演の妻夫木をはじめメインキャストの沖縄ことばは「完璧」だったと太鼓判をおす。特にグスク役の妻夫木は19年前、コザを舞台にした映画『涙そうそう』をきっかけに地元の人々と交流を続けてきたこともあり、言葉も身も心も“うちなんちゅ”だった。そんなグスクの相棒刑事・徳尚を演じるのは、塚󠄁本晋也。戦争の恐怖をあぶり出した『野火』、戦争を民衆の目線で映し出した『ほかげ』など、戦争の爪痕を映画として描いてきた塚󠄁本が、俳優としてこの作品に参加していることも意味深い。デモやコザ暴動の民衆役には沖縄出身者も多く参加している。主要キャラクターのひとりタイラ役には尚玄が選ばれた。「タイラは、沖縄の血とインテリジェンスを感じさせる役、尚玄はまさにぴったりだった」と大友監督。
ヤマコのおばあの法要(四十九日)、ヤマコの就職祝い葬儀など、親しい人たちが集まるシーンでは、【フードコーディネーター】の嘉陽かずみによって、沖縄の重箱料理、お祝い事に欠かせないカタハランブーや沖縄を代表する菓子サーターアンダギーが用意された。重箱料理は沖縄の伝統的なご馳走で、法事などでご先祖に供える料理。沖縄では身近なものとして親しまれている。
コザ暴動やデモのシーンでのエキストラは100単位、多い日は300〜500人のエキストラが出演する日も少なくなく、【ヘアメイクディレクター】の酒井啓介と、【衣装デザイン】の宮本まさ江は、それぞれチームを編成して撮影に臨む。ヘアメイクも衣装も、当時の沖縄の人に見えるかどうかを大切にした。酒井は、撮影前に実際に沖縄に行き、地元の人たちの日焼けや髪質・まつげの特徴などが環境に由来していると実感し、現地で感じた点を顔づくりに反映させた。妻夫木をはじめメインキャストは十代から三十代までの20年間を演じているが、若い年代については髪形で若さを表現している。衣裳も20年間の変化を映し出す。十代のグスクたちの衣裳には琉装のなごりが見られるが、戦後から1970年にかけてのファッションは、和洋混合のハイブリッドな洋服が流通した時代。当時、沖縄で流通していたであろう素材や柄の服が用意された。ヤマコやチバナのファッションには時代の流れが色濃く出ている。一方、グスクの衣裳は、無地が多く、色もベージュ、紺、グレーというアースカラー。そこから読み取れるのは、グスク=城塞をイメージできる色であることだ。
時代考証、民族考証、軍事考証など、各種専門家もスタッフクレジットに名前を連ねている。そのなかで【米軍所作指導】を担当するのは、元アメリカ陸軍大尉、軍事コンサルタントの飯柴智亮。選ばれた俳優を本物の米軍の人間に近づけるため、所作はもちろん銃の構え方や軍人特有の言い回しなどを指導した。最初のオーディションで、ドリル・アンド・セレモニーと言われる軍隊での基礎的な動き(気をつけ、休め、右向け右、回れ右といった動き)をやってもらい、向いている役者を厳選した。苦労したのは、1950~70年代の米兵、しかも精鋭部隊ではなく空軍のSPレベルに特化させることで、飯柴は「当時は無かった動作や言語などを使わないよう、細心の注意を払いました」と語る。映画の舞台は飯柴が産まれる前であるため、不明な部分は軍事技術体系の進化過程にスペキュレーションを織り交ぜて指導した。
大友組常連による
プロフェッショナルな仕事の数々
【録音】部を率いるのは、大友監督作品の常連でもある湯脇房雄。大友監督はひとつのシーンを一連で撮影し、引きと寄りを同時に撮るため、録音部はワイヤレスマイク主体で撮影に臨む。湯脇が録音のプロフェッショナルとして常に心掛けているのは「映画のリアルを追求すること」。映画は作られた世界ではあるが、撮影するなかのリアルを記録していくものでもある。撮影後に声だけ収録するアフレコという方法もあるが、リアルを追求するために同録(同時録音)を第一に考え、それが難しいシーンの場合もアフレコよりオンリー(セリフのみ=オンリーを録ること)が基本の現場だった。また、沖縄の空は数分おきに飛行機が通り過ぎるため、撮影には過酷な環境でもあった。
【音楽】を担当するのは佐藤直紀。彼もまた『ハゲタカ』にはじまり、数多くの大友作品の音楽をつくり出してきた大友組の常連だ。今回、佐藤が試みた工夫のひとつは、たとえば小学校に戦闘機が墜落するシーン、最後にグスクとオンが向きあうシーンなどで流れる原始的な曲。「グスクらがどうやって困難を乗り越えていこうとするのか、怒りや悔しさ、悲しみ、心の叫びに代用できるような音を選んで作った」と語る曲は、ブルガリアの楽器カヴァル、琵琶のルーツでもあるウード、ミュージシャンの福岡ユタカの声など、ユニークな構成。また、太陽が海に沈んでいくラストシーンで流れる曲は、エイサー(沖縄本島で盆時期に踊られる伝統芸能)に欠かせない三線や太鼓、指笛などを用い、沖縄をイメージして作られた。
【編集】は早野亮。『3月のライオン』、『億男』、『影裏』に続いての大友組となる。大友作品は、長いカットをワンカットで見せることも、短いカットで繋いでいくこともできる、編集として選択肢が多い。そのなかで、一番時間のかかった編集は、冒頭のカーチェイスシーンだった。「この映画が持つテーマは大きくて重いので、いかに映画に入り込みやすくするか、入口(冒頭)を試行錯誤しました」と語る。エキストラ400〜500人、カメラ4台で撮影したコザ暴動のシーンも素材が多く、格好良さや壮大さを重視するのではなく、ゲート通りに集まった人々のエネルギーを失わないことを最優先として編集した。
撮影期間106日、ロケ地43箇所。
191分を演じ切きった俳優たちを通して見る撮影現場
主演の妻夫木聡が魅せる、圧倒的な怒りの感情
妻夫木聡の演じるグスクは、オンを探すために刑事となる。ヤマコと過ごすシーンでは穏やかな表情も見せるが、刑事という職業柄、苦悩や葛藤を表現するシーンが多い。なかでもグスクの怒りの感情が、最高潮に達するのがコザ暴動だ。ゲート通りに向かう車中で、小松(中村蒼)とダニー岸(木幡竜)と話すグスク。「我慢にも限界があんどー」と怒りのスイッチが入り、すでに民衆が騒動を起こしているゲート通りを歩きながら沸点に達し、大声を上げて叫ぶ。監督をはじめその場にいるスタッフの誰もが「震えた」「ゾクッとした」と言葉を漏らす、張り裂けそうな怒りだった。さらに、怒りと怒りの合間に、ほんの一瞬、泣き笑いのような表情を滲ませた妻夫木の繊細かつ強烈な感情は、見る者の心を揺さぶる、何とも感動的なシーンとして刻まれた。
広瀬すずが体現する、太陽のような優しさと強さ
大友監督から「太陽のような存在でいてほしい」とヤマコ役を託された広瀬すず。オンに愛される愛くるしい女性をスタート地点として、広瀬はヤマコのオンへの想いを年齢とともに変化させている。戦果で建てられた小学校に戦闘機が墜落するシーンでは、燃える校舎に向かって「オンちゃん」と叫ぶ。愛する人が行方不明で、さらに愛する人の働き(戦果)で建てた小学校が惨事となり、ヤマコにとって、オンとの夢までも奪われてしまった瞬間だ。泣き崩れて錯乱する姿は、まさに迫真の演技。その事故を境にヤマコはデモに参加するようになる。オンを想いながら、試練を乗り越え強さを得ていく女性の生き様、そしてオンがそうであったように、ウタを心配する優しさを演じきった。
狂気の裏に優しさを滲ませる、窪田正孝が放つ叫び
ヤクザとなり兄を探すレイは、ほとんど笑顔を見せない。もともとある優しさを封じ込めて生きている、目的のために強くなろうとしている、そんなレイを窪田正孝は何とも人間くさく演じた。チバナの店・ヌジュミで返り血を浴びながら何度も敵にナイフを突き刺し、倒れ込んで嗚咽するその姿には、十代の頃に戻ったかのようなレイの純粋さが滲み出ていた。狂気の先にある絶望と悲しみは、見ている側の胸も震わせる。レイの身に何が起きたのか─その出来事の詳細は、翌日ヌジュミを訪れたグスクを通して回想として映し出される。レイの想いとグスクの想いが交差するような、幻想的なシーンを大友監督はつくり出した。
永山瑛太が放つ、英雄としての揺らぎない存在感
コザの英雄でありグスクたちの憧れでもあるオン。彼の失踪理由を解き明かす物語であるため、脚本上の永山の出演シーンは実は多くない。しかし、撮影が始まり、現場で永山のオンを見た大友監督は、オンのシーンを次々と追加していった。たとえば、戦果を島民に配るシーンでは、おばあに薬を渡すやりとりを追加。小学校に戦闘機が墜落した後にヤマコがひとり浜辺で涙を流すシーンでは、かつてオンとヤマコが浜辺を歩きながら、オンが小学校を建てヤマコが先生になる、そんな未来を語る恋人同士の会話を追加している。オンの深く大きな優しさと愛情を印象的に映し出すことで、オンの不在によるグスクたちの悲しみは増し、唯一無二とも言えるオンのヒーロー像が際立っている。
感情をぶつけ合う、グスクとレイの5分におよぶ芝居
コザ暴動に乗じて嘉手納基地に入り込んだレイ、追いかけるグスク。二人が対峙するシーンは、和歌山の旧南紀白浜空港の滑走路で撮影された。向かい合う二人の会話は台本にして約10ページ、時間にして約5分の芝居だ。オンの失踪後、異なる道を歩いてきた二人が再会して感情をぶつけ合う。何度も繰り返せないような熱量の芝居を妻夫木と窪田は演じきった。そして、ヤマコとウタも芝居に加わる。青年期のウタを演じるのは、この映画で本格的俳優デビューを飾った栄莉弥。新人ながらも妻夫木、広瀬、窪田という実力派俳優のなかで、存在感のある演技を見せた。また、少年期のウタを演じているのは、栄莉弥の実の弟・光路。凄い逸材がこの映画から羽ばたいた。
海で始まり海で終わる、オンからグスクへ引き継がれるもの
オンをはじめ戦果アギヤーたちが勝利の宴を開きカチャーシーを踊ったヤラジ浜(物語上の架空の浜)、そしてこの物語の終わりは、いずれも糸満市の北名城ビーチで撮影された。沖縄での撮影はこの日が最後だったが、撮影はようやく折り返し地点。コザ暴動などヤマ場となるシーンの撮影を残した状態でラストシーンを演じることは、妻夫木と永山であっても難しいものだった。大友監督に確認をしながら、グスクとしてオンとして生きてきた日々を振り返りながら、永山は英雄としてのオンらしさを刻み、妻夫木は決意を見せる。二人の魂が重なり合うような、感動的な瞬間が沖縄の海と共にカメラに収められた。
(撮影期間2024年2月25日〜6月9日)
9/3(水)実施:映画『宝島』全校上映会トークイベント レポート
『宝島』の原作者・真藤順丈さんの母校である高輪学園の全校生徒が参加した【映画『宝島』全校上映会トークイベント】を9/3(水)に実施しました!
本編上映後に大友啓史監督、原作者の真藤順丈さん、そして進行役としてジョン・カビラさんが登壇。
この日は中学生から高校生まで、およそ1600人の学生が集結。映画を鑑賞したばかりで、熱気あふれる会場内に、司会を務めるジョン・カビラさんが、「なぜわたしがここに呼ばれているのかと思いましたか? 実は映画に声で出演していたんです」と明かし、実はコザ暴動が起きた当時の沖縄に在住していたことを語り、「クリスチャンの家庭で育ったわたしは教会に行っていたんですが、そこで大人たちがざわついていました。何やら大変なことがあったらしい。その話を両親とすると、父親が『沖縄の皆さんは虐げられている。いつか爆発するかもしれないと思っていた』と言いました。そして基地で仕事をしてきたアメリカ人の母は『これは、いずれ起こるかもしれないと危惧していた』と。両親にはそういう思いがあったわけです。そしてわたしもこの映画を観ながら涙しました」と語ると、「新しい世代の皆さん、本当に心に刻んでくださいね」と会場に呼びかけました。
この日は、残念ながら登壇がかなわなかった主演の妻夫木聡さんよりビデオメッセージが寄せられ、「この映画を通して僕は、過去は変えられないけど未来は変えられると思いました。一人ひとりの想いが、希望ある未来を作っていくんだと、僕は信じています。私たちは、先人たちの想いと共に今を生きています。今があるということは当たり前ではありません。何のために生きていくのか、そして未来に何を託していくのか。そういったことを、この映画を通して皆さんに感じていただけていたらうれしいです」と語るメッセージを、学生たちも真剣なまなざしで見守っていました。
原作を知った時は一気に読み進んでしまったという大友監督。「僕は以前『ちゅらさん』というドラマで本土復帰後の沖縄を撮ったんですが、復帰前の沖縄も撮りたいなと思っていたんです。だから原作の熱量にやられてしまい。作り手としてはその熱量に負けない熱量のある作品を、映画として作ろうと思った」と振り返りました。
「僕も感無量でした」と語る真藤さんも、「ただ上下巻の長い話で、基地問題というセンシティブな物語なので、どうやって撮るのかなと思っていたんですが、見事に映像化していただいて。本当にこれはすごいことなんですよ。戦後の沖縄の返還までの話を、3時間超とはいえ、1本の映画にまとめていて。なおかつコザ暴動も、飛行機事故も、まったく逃げずに描ききった。本当にすごい映画だなと思った」としみじみ。
その言葉に大友監督も「僕も含め、メインのキャストも沖縄の人間じゃないということで。沖縄で起きた過去の出来事をどう描き出すか。そこで体験した人たちの声に耳を傾けて、うそをつかないように。僕らができる精いっぱいをやった」と本作を手がけるにあたっての覚悟を語ると、真藤さんも「僕も沖縄にはルーツがない。そこで戦果アギヤーという義賊に自分を仮託して、沖縄のリアリティーに満ちた話を書き上げていったわけです。ただ戦後80年ということで、もしグスクやヤマコが生きていたら80歳か90歳くらいだと思うんですが、戦争を語り継ぐという意味で、われわれも当事者の方に頼り過ぎてたところがあるんじゃないかと。だから今度はわれわれの世代がそれぞれに、僕の場合は小説で、どうしてこんな日本になっているのか、何と戦い、置き去りにしているのかをひもといて、いろんな方向に未来へ引き継いでいけるよう、がんばっていかないといけないなと思いました」と決意を語りました。
その言葉を受けた大友監督も「僕も学生時代、歴史の授業がすごく嫌いだったんです。知識として詰め込もうとすると面白くないんだけど、どうやって自分のことにするかで見え方が変わってくる。僕も『龍馬伝』などいろんな作品やってますけど、どんな偉業を成し遂げた人でも、自分と同じ人間であったはずだと。すぐ隣にいる人というコンセプトで捉えたいと思っている」と続けました。
そして、学生たちから、感想と質問を受けるコーナーに。まずは「皆さんにとって沖縄とは?」という質問が出ると、真藤さんが「青春と革命の島という感じですね」と返答。「このお話は、サンフランシスコ講和条約から沖縄返還までの20年間を描いてるんですが、その時代に本当に熱い時代があった。そこにはわれわれが忘れてしまったものや、青春に関する要素が全て凝縮されている。だからある種、戦後日本のあるべき姿がそこにあるのかなと思うんです。だから沖縄の青春と、その後のものを描いてるのが『宝島』。だから青春の島だと思います」と返すひと幕も。
最後にメッセージを求められた真藤さんは「先ほど歴史の教科書で学べないようなこと、という話がありましたが、中学・高校の歴史の授業って縄文・弥生時代からはじまって、現代史みたいなものはほとんどやらずに時間が終わっちゃう。だから歴史の授業は現代史という科目があった方がいいんじゃないかと。それくらい今の日本に繋がってる大事な時代の話ですし、僕は世の中を変えるつもりで『宝島』を書きました。映画のスタッフの皆さんもそういうような、何かを問いかけるようなものを届けたなと思い、感銘を受けています。でも実際に世の中を変えたり、動かない壁を動かしたりするのは皆さんの世代だと思っていますので先輩としてちょっと先輩風を吹かしてますけど、皆さんも自分の大事な宝を探すように、そういう風に人生を送っていただけたら」とメッセージ。
続く大友監督も、『宝島』という映画が2度にわたり中断を余儀なくされながらも、奇跡的に復活し完成にこぎつけた奇跡の映画であると前置きしつつ、「それだけに僕らもこの映画に対してものすごい愛着を持っているし、それと同時に、未来を切り開こうとしていた登場人物たちに、途中で諦めたら、グスクやヤマコやレイに『お前らに任せるべき作品じゃなかった』と言われちゃうような気がして。途中で諦める判断もできずに、最後までしがみつくようにしてたどり着いた映画なんです。諦めずに一生懸命やってると誰かが光を当ててくれることもあると思うんで。皆さんぜひ『宝島』を見ていただいて、グスクやヤマコやレイに自分を投影していただいて、当事者になっていただけたらと。もしちょっとでも感動していただけたら、この作品をぜひ広めてください」と会場の学生たちに呼びかけました。
【イベント概要】
高輪学園創立140周年記念・映画『宝島』全校上映会トークイベント
◆高輪学園との「全校上映会」実施について
高輪学園は原作者・真藤順丈の母校であり、本年度が、「高輪学園創立140周年」にあたるため、記念行事として開催。
本学園では、11 年前から中学三年時に沖縄研修旅行を全員が体験し、糸数アブチラガマ、佐喜眞美術館、平和祈念資料館、道の駅かでな、ひめゆり資料館などを巡り、さらには伊江島で民泊も経験し、沖縄の文化に深く触れる体験をしています。また、現在の高校一年生は課題図書として原作「宝島」を全員が読了。戦後から本土復帰までの沖縄について理解を深め、今もなお続く問題として学び続けています。
◆参加者総数:約1,600人(中学生1年~3年、高校生1年~3年、教職員も含め)
Tジョイ横浜:15:30-18:50 (191分)